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2026年04月10日(金) 23時53分 bysoo_cyan
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だいじょうじ
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平安時代 天歴年間(947~956)に慈恵大師良源によって創建されたと伝えるほかは、寺歴は不詳である。 昭和58年、寺の北に隣接する地で、白鳳時代(7世紀後半)の寺院跡が発掘され、この地に渡来系人々の氏寺があったことが確認されたが、中・近世の坂本は、延暦寺の門前町として整備されたため、必ずしも古代の様相を残しているとは言えず、古代寺院との関わりはわからない。近世に至り、比叡山焼き討ち後の復興の中で、日吉社復興の様子を詳しく書いた絵巻(日吉大社所蔵)や江戸時代の文書に「大乗寺町」の町名が散在する。町名になるほどこの地域の中心的存在であったことが知られる。 尚、当寺の本尊薬師如来像は、『薬師如来十二縁起誌』【元禄17年(1704)西郡祐高筆・大乗寺蔵】によると、もとは野洲郡明見庄(現在の守山市赤野井町・石田町付近)の庄屋西郡氏の念持仏であった。祐高の父、祐春が薬師如来の導きによって、医師を志し、法眼にまでなったという霊験あらたかな薬師如来を、後世までこの地の守護として譲り受けたと述べている。薬師如来の縁日には、たいそうな賑わいを見せたと伝えられている。 戦前・戦後は荒廃し、無住の時代も長かったが、昭和35年(1960)先代智信により再興され、現在に至る。
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小比叡山
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天歴年間(947~956)
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慈恵大師良源
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智信
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昭和35年(1960)