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2026年03月09日(月) 23時01分 bysoo_cyan

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古くから、神奈備山として崇拝されてきた八王子山(381m)の、山頂近くの急斜面に三宮宮と牛尾宮の両宮があり、その間に屹立するように高さ約10mの大岩が鎮座しています。「朝日に輝く金大巌」とよばれ、古事記にも「此の神は近淡海国の日枝山に坐す」と記述されているように、この金大巌が日吉大社の信仰の始まりの場所とされています。
東本宮に祀られています大山咋神は、元々金大巌にて祀られていました。大山咋神の「くい」は杭のことを意味し、大山に杭を打つ神、すなわち大きな山の所有者、山の地主神とされ、また、農耕(治水)を司る神として崇められています。
この八王子山には日吉社東本宮古墳群があり、古くからここが山の神を祀る祭場であったと示しており、日吉大社の最大の神事である「山王祭」にて、八王子山に祀られる牛尾宮と三宮宮の神輿を、東本宮に迎えることから始まるのは、この金大巌が山王信仰の発祥の地であるためだと考えられます。金大巌に向かって左側にある三宮には東本宮の宮域内に鎮座する樹下神社の御祭神である鴨玉依姫神の荒御魂をお祀りし、「日吉社禰宜口伝抄」によりますと、「上代の日吉神社は今の八王子社なり。この峰は比叡山の東尾にあり、一に牛尾といい、また並天塚(あまなみのつか)という。その五百津石村(いほついわむら)は山末之大主神(大山咋神)の御陵なり。その妻、玉依比売(鴨玉依姫神)の御陵は、奥の御蔭(みかげ)の大岩なり」と伝えています。三宮と向かい合うようにあるのが牛尾宮です。旧称の八王子宮の名でも呼ばれ、御祭神は大山咋神荒魂。三宮と牛尾宮はともに織田信長の比叡山焼き打ち後に再建されたもので、
牛尾神社が文禄4年(1595)に三宮神社は慶長4年(1599)に再建されました。その建築様式は「舞台造」と呼ばれるもので、拝殿が後部にある本殿正面縁を取り込むような形となっており、崖上に建てられ、拝殿の入母屋造りの妻を正面としていますが入口は側面に設けられ、軒唐破風がつけられた桃山時代の特色をよくあらわす建築物となっています。
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中興の祖
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本殿/本堂の建築様式
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三間社流造檜皮葺
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文化財
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重要文化財
 牛尾宮本殿及び拝殿
 三宮本殿及び拝殿
 
ご神体
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