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2025年12月30日(火) 00時43分 bysoo_cyan

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ご由緒
編集前
建は783年(延暦2年)、伝教大師最澄が一木から仏像を彫り込み、当地に堂宇を建立し祀ったと伝わる古刹で足利義詮が延文4年(1359年)に再建したと伝えられる。旧本尊の薬師如来像は、1698年(元禄11年)8月天海僧正が東叡山寛永寺を建立した時に移されて、寛永寺の本尊となっている。当初は天台宗の寺院あったが、1391年の南都西大寺の末寺帳に名前がありこの頃には真言宗に改宗されたとみられる。
編集後
建は783年(延暦2年)、伝教大師最澄が一木から2体の仏像を彫り込み、1体を比叡山延暦寺の根本中堂にもう1体を当地に堂宇を建立し祀ったと伝わる古刹。元暦年間(1184~1185年)、火災により多くの堂宇が焼失し一時衰退しましたものの足利義詮が延文4年(1359年)に本堂を再建し再興が図られています。
江戸時代に入ると膳所藩(藩庁:膳所城)の藩主の庇護となり寛文5年(1661)には当時の藩主本多俊次により寺領が寄進され境内が整備されています。旧本尊の薬師如来像は、1698年(元禄11年)8月天海僧正が東叡山寛永寺を建立した時に移されて、寛永寺根本中堂の本尊となっています。
当初は天台宗の寺院あったが、1391年の南都西大寺の末寺帳に名前がありこの頃には真言宗に改宗されたとみられます。