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2026年02月17日(火) 22時42分 bysoo_cyan

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ご由緒
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曹洞宗の尼寺で松尾芭蕉と曲翠の位牌・幻住庵の古額・芭蕉の木像・曲翠の手紙が保存されている由。
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元禄三年(一六九〇)奥の細道の旅を終えた松尾芭蕉(一六四四~一六九四)は、膳所ぜぜの義仲寺に滞在していましたが、膳所藩重臣で門人の菅沼曲水(曲翠)の勧めで、四月六日から七月二三日まで、大津の山中にあった庵に四ヶ月ほど滞在しました。そこは近津尾神社がある国分山の中腹で、その庵は元々曲水の伯父の幻住老人(菅沼定知)の隠居所だったことから幻住庵と言われていましたが、幻住老人の歿後荒れ果ててたものを、芭蕉が膳所を訪れたことから曲水は手を入れ、芭蕉が俗世を離れ静かに暮らせるようにと提供したのです。芭蕉は幻住庵を出てから四年後の元禄七年(一六九四)十月、大坂で客死し、遺言により義仲寺の木曽義仲の隣に葬られています。
幻住庵の建物は曲水により膳所の中庄に移築され、さらに別保に移され俳諧道場となったそうです。
現在幻住庵は曹洞宗の尼寺となっており、松尾芭蕉と曲翠の位牌・幻住庵の古額・芭蕉の木像・曲翠の手紙が保存されているそうです。
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