御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方編集詳細
2025年12月15日(月) 23時04分 bysoo_cyan
編集前
あわずじんじゃ
編集後
あわづじんじゃ
編集前
田端さん
編集後
田端さん、田端宮
編集後
当社は第十代崇神天皇の二十五年(265年)彦坐王の創建されたと伝えられ、往古は粟津山王権現と称し粟津七ヶ村の総社であります。また当地区の開発に尽力した、大導寺田端之介を合祀してあるので、田端山王権現とも称し、通称田端宮で広く知られています。天武天皇の白鳳2年(673年)四月申の日、田中恒世が日吉の神に粟飯を献じ嘉賞されて以来、毎年当地から日吉祭に唐崎沖で粟飯御供を行うことが恒例となり、田中恒世も当社に合祀されました。 昔は六月十八日に粟津の地侍三十五人が鎧甲に太刀を提げ、神前で拝舞する盛大な祭りがあり、粟津祭りと称し有名でありました。その後明治元年(1868年)粟津神社と改称されました。神紋は葵、御使者は猿。
編集前
《主》大国主命
編集後
《主》大国主命 〔配祀神〕大導寺田端之介霊 田中恒世霊
編集後
境内自由
編集後
伝:崇神天皇の御代二十五年(265年)
編集後
彦坐王
編集後
一間社流造 間口三尺 奥行三尺
編集後
例大祭 八月二日