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2026年02月17日(火) 23時14分 bysoo_cyan

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名前
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円福院
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圓福院(円福院)
ふりがな
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えんふくいん
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えんぷくいん
ご由緒
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 創立開山共に不詳であるが、元禄12年(1699)2月僧空性により中興され延暦寺に属し光輝山と号した。元本尊は十一面観音菩薩であった。現本尊釈迦如来座像は建久8年(1197)10月快慶の作である。五百羅漢は室町時代の寄木細工着色のもので、表情、所作が見ものである。元大津市田上黒津正法寺にあったものを、寛政5年(1793)に戒周阿闍梨かせ還移したもの。明治29年8月30日の台風で堂宇が倒壊し、ほとんどの仏体が損傷した。その後堂宇は廃藩後廃寺となっていた大圓院に移築した。
 明治31年1月物体取調べ員として内務省より高村光雲氏等が見え、優秀な作物也として国庫より修繕費の大部分の補助を受け修復することができた。(明治34年7月30日)
 また羅漢像は橘川良寛昭和3年4月住職してより宗務庁職務の合間に近隣を訪問し1口5銭の月掛けで、7年余りの浄財を受け、壊れた仏体の修復をし、名実ともに五百羅漢堂を中興した。
 先住職良寂は旧い堂宇を修繕する見込みも、財源もないので土地を売却し、開発中の富士見台の土地を購入して、風にも地震にも耐えるようにと鉄筋コンクリートの現堂宇を、昭和45年8月に建立移転し今日に至る。
 他に大圓院の本尊阿弥陀如来、伝慈覚大師圓仁の作薬師如来、弁財天、不動明王、歓喜天をまつっている。
山号
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光輝山
院号
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圓福院
中興の祖
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空性
Restored time
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元禄12年(1699)