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2026年05月08日(金) 16時29分 byくし
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ちょうこうじ
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長光寺は曹洞宗の寺院で、藤井村の源長寺を本寺とする末寺であり、山号を「鷲泉山」という。 慶安2年(1649年)には、第3代将軍徳川家光より、寺領20石6斗の朱印状を賜る。 以降、第15代徳川慶喜に至るまで歴代将軍の朱印状を所蔵している。 本尊は釈迦如来で、ほかに「毘首羯磨(びしゅかつま)の作」と伝わる観音像があり、もとは別の堂に安置されていたという。 開山(初代住職)の徳巖正道は、本山(源長寺)の第三世の僧であった。 鐘楼には、正徳2年(1712年)に鋳造された鐘が掛けられてる。 (新編武蔵風土記稿より AIにより現代訳) ―――――――――― 【薬師堂】 定朝(平安時代の名仏師)の作と伝わる薬師如来が安置されている。 秘仏とされ普段は公開されず。 ―――――――――― 【白山社】 鎮守社、金毘羅・秋葉・天神を合わせ祀る。 ―――――――――― 【開基者の斎藤内左衛門について】 父は上杉謙信配下の斎藤盛秋で、謙信の命により越後より羽生城に派遣され、後北條氏や成田氏と対峙していたが、羽生城陥落にともないこの地で帰農。 上杉軍の一部の将兵は故郷の越後よりも温暖な武蔵の地を気に入り土着する者もいた。斉藤家もそうした一族であった。 後に盛秋の長男である内左衛門が今泉村の名主となる。弟の喜右衛門は隣村を開発した。
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《本尊》釈迦牟尼仏 《堂宇》薬師堂 《緒尊》観世音菩薩(毘首羯磨作)・周利槃特
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当地で帰農した上杉謙信家臣の子孫による開基 三代将軍 家光から最後の将軍 慶喜まで、徳川歴代将軍より賜った寺領安堵の朱印状を所蔵
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鷲泉山
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天正年間(1573~1592年)
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(開基)斎藤内左衛門 (開山)徳巖正道
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長光寺朱印状(羽生市指定有形文化財)
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