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わしのみやじんじゃ

鷲宮神社の編集履歴
2021年01月02日(土)
埼玉県 鷲宮駅

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Goshuinnist
2021年01月02日 21時45分

ご由緒

当神社は、出雲族の草創に係る関東最古の大社である。
 神代の昔に、天穂日宮とその御子武夷鳥宮とが、昌彦・昌武父子外二十七人の部族等を率いて神崎神社(大己貴命)を建てて奉祀したのに始まり、次に天穂日宮の御霊徳を崇め、別宮を建てて奉祀した。この別宮が現在の本殿である。
 崇神天皇の御世は、太田々根子命が司祭し、豊城入彦命、彦狭島命、御諸別王が、それぞれ幣帛を奉納した。景行天皇の御世には、日本武尊が当神社の神威を崇め尊み、社殿の造営をし、併せて相殿に武夷鳥宮を奉祀した。桓武天皇の御世には、征夷大将軍坂上田村麻呂が、武運長久を祈り奥州鷲の巣に当神社の御分社を奉祀した。
 中世以降には、関東の総社また関東鎮護の神として、武将の尊崇が厚く、歴史上有名な武将だけでも藤原秀郷・源義家・源頼朝・源義経・北条時頼・北条貞時・新田義貞・小山義政・足利氏歴代・古川公方・関東官領上杉氏歴代・武田信玄・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康等があげられ、武運長久等を祈る幣帛の奉納や神領の寄進、社殿の造営等がなされた。なかでも江戸時代には、四百石の神領を与えられ、代々の将軍の名で朱印状が残されている。
 明治天皇の御世には、神祀官達により准勅祭社に定められ、勅使参向のもと幣帛の奉納がなされた。そして明治天皇行幸の際、当神社に御小憩され、祭祀料として金壱封を賜り、昭和天皇の御世にも、幣帛を賜った。

編集前:創建は神代の昔(2600年以上前?)関東最古とも。
土器を作った土師部の宮(はじのみや→わしのみや)からその名がついたとされる。
吾妻鏡(1251)にも登場する土師一流催馬楽神楽という神楽は関東神楽の源流といわれ、国指定重要無形文化財にも指定されている。
武士の尊崇が篤く、源頼朝が手ずから植えたとされる木(枯れている)や神領の寄進などもあった。
近年ではアニメ「らき☆すた」に登場したことから、痛車やコスプレイヤーの参拝、いわゆる痛絵馬なども多いようだが、それに関連した授与品などはない。

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