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2025年04月08日(火) 05時07分 by神社猫

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緯度
編集前
35.9724865
編集後
35.972636007474755
経度
編集前
139.5899616
編集後
139.5902120512668
住所
編集前
上尾市宮本1-14
編集後
上尾市宮本町1-14
ご由緒
編集前
創建は「鍬太神略由来」によりますと、寛永8年(1631年)12月25日、桶川宿の方から童子らが櫃を台車に載せて上尾宿に引いてきて歌い踊り、更に江戸まで送りましたが、12月31日に当宿に戻され、本陣前で台車は動かなくなりました。この為に、正月になって上尾宿のものが櫃を空けると、中に御幣束と違う形に結びつけてある藁筒と小鍬二挺が入っており、藁筒を開くと稲穂十余茎がありました。そこで社を建立して小鍬二挺を祀り、稲穂を供えたと伝えられております。神体である鍬は五穀守護の豊鍬入姫命で、稲穂を御小稲と称して播いて種を増やし、庶人に分けられております。
余談ですが、この創建の由来は、現在社頭で授与する小絵馬にて再現されております。
当社境内の雲室上人生祠碑や二賢堂碑によりますと、天命8年(1788年)上尾宿山崎武平次は、江戸から雲室上人を招き宿内に郷学聚正義塾を開設しました。学舎には二人の賢人である公菅原道真と朱子を祀り、林大学頭信徴筆の二賢堂の額を掲げて、近郷子弟の学問所としたことが記載されています。
(HPより)
編集後
創建は「鍬太神略由来」によりますと、寛永8年(1631年)12月25日、桶川宿の方から童子らが櫃を台車に載せて上尾宿に引いてきて歌い踊り、更に江戸まで送りましたが、12月31日に当宿に戻され、本陣前で台車は動かなくなりました。この為に、正月になって上尾宿のものが櫃を空けると、中に御幣束と違う形に結びつけてある藁筒と小鍬二挺が入っており、藁筒を開くと稲穂十余茎がありました。そこで社を建立して小鍬二挺を祀り、稲穂を供えたと伝えられております。神体である鍬は五穀守護の豊鍬入姫命で、稲穂を御小稲と称して播いて種を増やし、庶人に分けられております。
余談ですが、この創建の由来は、現在社頭で授与する小絵馬にて再現されております。
当社境内の雲室上人生祠碑や二賢堂碑によりますと、天命8年(1788年)上尾宿山崎武平次は、江戸から雲室上人を招き宿内に郷学聚正義塾を開設しました。学舎には二人の賢人である公菅原道真と朱子を祀り、林大学頭信徴筆の二賢堂の額を掲げて、近郷子弟の学問所としたことが記載されています。
(HPより)
ご祭神/ご本尊
編集前
●豊鍬入姫命
●菅原道真公
●須佐之男命
●稲田姫命
●應神天皇
●木之花開耶姫命
編集後
●豊鍬入姫命
●菅原道真公
●須佐之男命
●稲田姫命
●應神天皇
●木之花開耶姫命