御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方編集詳細
2026年01月05日(月) 21時07分 byひなぎく
編集後
この六体の地蔵は、江戸時代に藤沢村の人々が愛宕の神を信仰し、無病息災や火防の願いを込めて造立されたもので、墓地の入口等によく見られる「六地蔵」とは造立目的が異なる。天和2年(1682)に最初の地蔵が造立されてから、享保19年(1734)までの約50年間にわたって継続的に造立されており珍しい。 形式は舟形光背に浮彫された点はすべてに共通しているが、三体は合掌形像で、三体は比丘形像である。「念仏供養」と彫られている一体以外は「愛宕精進供養」と彫られている。江戸時代の藤沢村では火事が多かったといい、火の用心を祈念して造立したものと考えられる。 当地の地名「六道」は、江戸時代に六本の道(現在は5本)が交差していたことに由来し、これらの六体の地蔵は地域の人々から親しみを込めて「六道地蔵」と呼ばれるようになった。
編集後
なし
編集後
江戸時代中期
編集後
藤沢村講中の人々