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2022年10月13日(木) 11時18分 bykeokeo˚✧₊⁎
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秩父郡横瀬町横瀬1508
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秩父郡横瀬町横瀬1508
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法長寺は、凉堂寒清大和尚(1606年(慶長11年)寂)が開山したと伝わり、開基は内田家2代図書頭重賢である。 元々、札所七番は牛伏堂で根古屋3区の牛伏にあったが、1782年(天明2年)の火災で牛伏堂が焼失し本尊の十一面観音像が別当寺の法長寺本堂に遷されたため、現在は法長寺が札所七番とされる。 牛伏堂の由来には諸説あるが、その中に平将門にまつわる伝承がある。花園左エ門という者の家来が、平将門と戦って敗れこの地で亡くなった。やがて承平天慶の乱が終わり、その妻がこの地を訪れると夢に夫が現れ「将門と戦ったため、村のある家の牛の子に生まれて苦しんでいる。」と告げた。妻はただちに尼となって観世音菩薩に仕えたところ、その功徳によって夫の苦しみがなくなったというものである?また、別の伝承では、牧童が草刈りをしていると一頭の牛が現れ、その牛は地に伏して動かなくなってしまった。一夜が明け、牛の姿はなく十一面観音像があった。このため、牛は観世音菩薩の化身だったと考え、十一面観音像を祀り牛伏堂を建立したと言うものもある。
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あり
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true
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秩父三十四観音霊場 第七番札所