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だいこうぜんじ|天台宗小松山

大興善寺の御由緒・歴史
佐賀県 基山駅

ご本尊十一面観世音菩薩
創建時代養老元年
開山・開基行基菩薩
ご由緒

奈良時代の養老元年(717)行基菩薩により開創されたと伝わる古刹です。ご本尊は、その折に刻まれた十一面観世音菩薩で、後世、火災に遭うも、炎の中にあっても無事であった御本尊の功徳が伝承され、今日なお火災除け祈願が続けられている。その後、承和十四年(847)慈覚大師円仁和尚が焼けていた寺を再興されて「大興善寺」と命名し、比叡山の末寺とされました。
現存する本堂は、江戸時代元和十年(1624)宗対馬守義成公の発願により建てられたもので、茅葺き屋根に古い寺の佇まいを残しています。明治二十七年(1794)に完成した百二十七段の石段とともに、大興善寺のシンボルとして有名です。
大正末期より境内裏山に開設した「つつじ園」はつつじや紅葉の名所「契園」へと発展し、国内外より多くの参拝者を集めています。
昭和五十三年、九州最初の「天台宗別格本山」となり、「名刹巡礼古寺百選」「花遍路八十八寺」などに選ばれ、現在は「恋人の聖地」として親しまれております。

歴史
歴史[編集] 寺伝によれば、聖武天皇の勅願により、行基により創建された[1]。平安時代に円仁(慈覚大師)により中興されたとの伝承がある[2]。享禄年間の兵火(1530年ころ)によって堂塔は焼失したが[2]、天文11年(1542年)に当地を領した筑紫惟門が本堂を再建[1]、江戸時代に入り基山が対馬藩領となると領主の宗氏により堂宇の整備がなされ、寺領を寄進した[3]。 ^ a b 「佐賀県の地名」p57 ^ a b 「郷土資料事典41佐賀県」p64 ^ 「郷土資料事典41佐賀県」p64-65
引用元情報大興善寺 (佐賀県基山町)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%A4%A7%E8%88%88%E5%96%84%E5%AF%BA%20%28%E4%BD%90%E8%B3%80%E7%9C%8C%E5%9F%BA%E5%B1%B1%E7%94%BA%29&oldid=92571351

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