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2026年04月24日(金) 22時50分 byInsidious
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烏帽子形山には楠木七城(河内七城)のひとつとされる烏帽子形城があった。楠小二郎がここに入ると城の鎮護として社を創祀したのが当社の始まりと伝えられる。 その後神宮寺である天台宗の高福寺が創建されるなどしたが荒廃し、室町時代の文明12年(1480年)に、河内源氏の末裔といわれる石川八郎左衛門尉が新たに入母屋造りの社殿を建立した(1965年(昭和40年)の解体修理時に棟札・棟束からこの年代のわかる墨書が発見された)。 その後、室町末期に一度修理されたのみで荒廃していたが、元和3年(1617年)に楠木一族の後裔といわれる甲斐庄正房(正保)が、大阪四天王寺の普請奉行を勤めた折、その竣工後に自身の居城・烏帽子形城の鎮守が荒廃しているのを嘆き、その余材で改修したとされる。元和8年(1622年)8月に竣工。 明治初年、神仏分離により神宮寺は廃絶され、1868年(明治5年)に村社に列格する。 1903年(明治40年)10月19日、「村社廃合」により当時の南河内郡三日市村大字小塩字宮山に鎮座の小塩八幡神社を当社に合祀、1904年(明治41年)12月には神饌幣帛料供進社の指定を受けた。
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南海高野線・近鉄長野線 河内長野駅から南へ徒歩15分 南海高野線 三日市町駅から北へ徒歩15分
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河内長野郵便局の信号から入ったら(道は狭いです)、階段手前に何台か停められる駐車場があります。 烏帽子形公園の駐車場は広いので、そちらから歩いてもいいですよ。
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河内長野郵便局の信号から入ったら(道は狭いです)、階段手前に何台か停められる駐車場があります。 烏帽子形公園の駐車場は広いので、そちらから歩いてもいいですよ。
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入母屋造檜皮葺
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旧村社
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本殿 附:棟札(重要文化財) 烏帽子形城跡(国指定史跡) 木製三日市宿高札 (河内長野市指定有形文化財)
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882005