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三都神社のお参りの記録一覧
大阪府 金剛駅

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鈍行丸まぁくん
鈍行丸まぁくん
2026年02月27日(金)39投稿

ここは天野街道を通って紀州熊野に向かう人々が参詣したことから、熊野神社とも呼ばれています。その昔、神仏同体説があり、神様と菩薩様を同じ場所に祭っていた時代があります。三都神社(さんとじんじゃ)はその信仰により不思議な経緯を経ています。

伝承では7世紀の創建とされ、兵火にあって一度は焼失しますが、16世紀に諦観という僧によって金蔵寺内に再興されました。その後、明治時代の神仏分離ではこの神社が残り、金蔵寺が姿を消しました。

河内国丹南郡三都村に鎮座した神社で、別名熊野神社とも呼ばれていたという。
明治の神仏分離令まではこの地に金蔵寺という大寺院があって、この三都神社はその鎮守社であったとも謂われる。

ところで三都とは普通、京・大坂・江戸を指すが、この神社の三都は明らかに三都村からきている。しかし、この「三都」とは何だろうか。
摂津・河内・和泉の中心あたりに位置したからだろうか。
昔は熊野詣での街道筋で、大いに賑わった神社であっただろうと想像できる。
清々しい雰囲気の神社である。

社殿

境内社:春日社、発辰大神、熊野三宝荒神、
稲荷大神、毘沙門天堂、吉祥水天宮、祖霊社

三都戎神社では、エビスさんを呼ぶための
「板とトンカチ」が用意されている。

江戸時代までは熊野三所権現とよばれ、熊野の神を勧請してできた神社である。
背後には陶器山をひかえ、境内の北方から西方の尾根筋には街道が通る。
明治時代の神仏分離までは境内に金蔵寺があったといわれ、また近くにも光明寺跡、西室院跡、地蔵院跡などの地名が残っていることから、現在の社殿付近から南部丘陵にかけての広い地域に伽藍と鎮守の社地があったと考えられている。
昭和58年の郷土資料館による文化財調査の際に見つかった昆沙門天像は鎌倉時代末期の作であることが判明し、このことからも金蔵寺繁栄の歴史を知ることができる。

三都神社の御朱印

御朱印はいただけず、今回は御札を授与していただきました。

三都神社(大阪府)
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