御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

こんだはちまんぐう

誉田八幡宮の御由緒・歴史
公式大阪府 古市駅

ご祭神中座 応神天皇、左座 仲哀天皇、右座 神功皇后の3柱の神様を併せ、誉田八幡宮と称しておまつりしています。
ご由緒

大阪府羽曳野市にある応神天皇陵後円部に鎮座し、欽明天皇の命で6世紀後半に創建され、古くから祭祀を司ってきたと伝えられる神社です。 応神天皇は、八幡様としておまつりされ、八幡宮は、全国に約4万4千社あるといわれています。
主祭神は、中座 応神天応、左座 仲哀天皇、右座 神功皇后の3柱の神様を併せ、誉田八幡宮と称しておまつりされています。
当初は、天皇陵の後円部に社殿がありましたが、平安時代中期の永承6年(1051)に後冷泉天皇が現在地に社殿を造営し、誉田八幡宮と称したといわれています。 (応神天皇の諡[おくりな]が誉田天皇[ほむたのすめらみこと]でした)。
中世に入ってから源氏一族の氏神として崇敬され、鎌倉時代以降は、戦の神として足利、豊臣、徳川などの各時代の将軍、一般の武士らの参拝も盛んになりました。 現在は、安産の神、厄除けの神として地域の方たちに親しまれています。
本殿と拝殿は、江戸時代に再建されたもので、境内の宝物館には、丸山古墳出土の金銅透彫鞍金具(こんどうすかしぼりくらかなぐ/古墳時代・国宝)や源頼朝寄進の塵地螺鈿金銅装神輿(ちりぢらでんこんどうそうしんよ/鎌倉時代・国宝)など多くの宝物が保管されています。
5月8日の夏祭り(藤祭り)には、午後1時より舞楽が奉納され、9月15日の秋祭りには、午後8時より、神輿が本殿から応神陵へ神幸する神事が行われます。 ※行事開催は変更になる可能性があります。詳しくは公式ホームページでご確認ください。

歴史の写真一覧

誉田八幡宮の歴史
歴史
大阪府羽曳野市の誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)にご参拝させていただきました☺️ •当宗神社(ま…
誉田八幡宮の歴史
歴史
式内社である「当宗神社」祀られているのは帰化人のようです。応神天皇の ころには帰化人が日本の地にこられた時代だったとか・・・
誉田八幡宮の歴史
歴史
誉田八幡宮(こんだ八幡宮) ~世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」に隣接する唯一神社~ …
誉田八幡宮の歴史
歴史
後円墳の入口に方丈橋
誉田八幡宮の歴史
歴史
誉田八幡宮(こんだ八幡宮) ~世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」に隣接する唯一神社~ …
誉田八幡宮の歴史
歴史
式内 當宗社(まさむね社)
誉田八幡宮の歴史
歴史
誉田八幡宮(こんだ八幡宮) ~世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」に隣接する唯一神社~ …
誉田八幡宮の歴史
歴史
東高野街道
誉田八幡宮の歴史
歴史
参拝の記録です。
誉田八幡宮の歴史
歴史
誉田八幡宮(こんだはちまんぐう) 応神天皇が幼少の頃に居住されていた場所。皇后の仲津姫はこの地を…
誉田八幡宮の歴史
歴史
古墳群跡について
誉田八幡宮の歴史
歴史
安産木について
誉田八幡宮の歴史
歴史
拝殿について
誉田八幡宮の歴史
歴史
層塔について
誉田八幡宮の歴史
歴史
放生橋について
誉田八幡宮の歴史
歴史
当宗神社について
誉田八幡宮の歴史
歴史
誉田八幡宮について
誉田八幡宮の歴史
歴史
大阪の寺社巡りにて参拝させていただいております。
誉田八幡宮の歴史
歴史
放生橋の説明書き。
誉田八幡宮の歴史
歴史
神仏霊場めぐりの叡福寺へ行くついでに参拝。
誉田八幡宮の歴史
歴史
神仏霊場めぐりの叡福寺へ行くついでに参拝。
誉田八幡宮の歴史
歴史
 応神天皇陵に隣接しています。全国の八幡宮にまつられている八幡神は応神天皇のことですので、数多い八…
誉田八幡宮の歴史
歴史
 応神天皇陵に隣接しています。全国の八幡宮にまつられている八幡神は応神天皇のことですので、数多い八…
誉田八幡宮の歴史
歴史
安産、厄除けの八幡宮。 このお社の真後ろには応神天皇陵古墳があります。 主祭神は応神天皇、…

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
行きたい
行った
お問い合わせ

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ