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2023年06月13日(火) 21時09分 byタク

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なんりんじ
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 仙人嶽南林寺は聖徳太子御廟所である磯長山叡福寺の四季講堂として建立されたのが始まりです。
 天正二年(1574)織田信長の兵火に罹り、叡福寺の諸堂と共に焼失しました。現在の本堂は、慶安二年(1649)後水尾上皇が叡福寺へ御臨幸の際に、格別のおはからいにより堂宇が再建され、「仙人嶽 南林寺」の号を賜りました。初代住職には、後水尾上皇が帰依された了性明空和上が就任し、それ以来「御皇所南林寺」とも呼ばれるようになりました。
 以後代々の住職には、大和の法隆寺北室院及び泉州の大鳥山神鳳律寺から真言律の法灯を継承してきました。ことに大鳥山神鳳律寺は、僧侶が守るべき戒律の修行道場として、高い格式を誇っていました。その神鳳律寺の第六代住職の玉潬心澄和上が、南林寺の住職に就任したこともあって、南林寺の学問寺としての格式は一段と高くなりました。
 しかし、明治初年の廃仏毀釈は南林寺にとっても大きな打撃で、住職の居ない無住寺となり、建物は荒廃し、庫裡は避病院として移築する等、昔日の面影を失うこととなりました。明治以降、寺の管理は叡福寺にまかされ、この時に高野山金剛峯寺の末寺となり、宗派も真言律宗から真言宗に変わりました。
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