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2025年04月21日(月) 23時29分 bysoo_cyan

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宗派
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真言宗御室派
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真言宗御室派(古義真言宗)
通称
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土師寺
ご由緒
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道明寺は7世紀中葉に土師氏の氏寺として建立された土師寺を起源とした尼寺です。土師氏の後裔である菅原道真公が、太宰府下向に際して伯母の覚寿尼を訪れたゆかりの地です。 建立当初は現在の道明寺天満宮の南側参道付近に位置し、現在も塔心礎が残っています。 その後、戦国時代の戦火や江戸時代の石川の洪水による荒廃が原因で道明寺天満宮の境内地に移り、さらに明治時代の神仏分離令に よって現在地に移されました。 国宝である本尊の十一面観音立像は毎月18日と25日に拝観することができます。関西風桜餅(道明寺餅)など和菓子の材料として知られる「道明寺糒」「道明寺粉」発祥の寺としても有名です。(藤井寺市観光協会HPより)
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当寺は推古天皇2年(594年)、聖徳太子がこの地に尼寺を建立されるに当り、土師氏が邸宅を寄進し、東西320米、南北640米の広大な境内に五重塔、金堂等をはじめとする七堂伽藍の完成を見ました。これが当寺の前身土師寺であり、その後土師氏の後裔である菅原道真公に依って道明寺と呼び改められる処となり、数多くの仏像、経典美術工芸品、薬品等を宝蔵しておりました。菅原道真公が、太宰府下向に際して伯母の覚寿尼を訪れたゆかりの地でもあります。 建立当初は現在の道明寺天満宮の南側参道付近に位置し、現在も塔心礎が残っています。 その後、戦国時代に入り、高屋の兵乱に当寺も焼失しましたが、これを惜しむ織田信長、豊臣秀吉、徳川代々の将軍家等の庇護によって復興成り朱印地に認められました。明治5年の神仏分離に従って堂宇一切を天満宮境内より現在地に移し、境内の拡張を経て大正8年には本堂の落成をみ、多宝塔を加えて現在に至っております
 国宝である本尊の十一面観音立像は毎月18日と25日に拝観することができます。関西風桜餅(道明寺餅)など和菓子の材料として知られる「道明寺糒」「道明寺粉」発祥の寺としても有名です。
山号
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蓮土山
創立
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推古天皇2年(594年)
創始者/開山・開基
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聖徳太子、土師氏
Wikipedia
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