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2023年09月21日(木) 17時12分 byInsidious
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紀元前663年、鸕鷀草葺不合尊(ウガヤフキアヘズノミコト)と玉依姫(タマヨリヒメ)の四皇子の末子、神日本磐余彦尊(カムヤマトイハレビコノミコト)は、日本の建国を決意して長兄の五瀬命と共に日向を発し、河内から大和へ入ろうとしましたが長髄彦(ナガスネヒコ)の激しい抵抗に遭いました。 磐余彦尊は「日の御子である自分が太陽に向かって戦うのが良くないに違いない。」と悟り、日を背に受けて紀伊から大和に進もうと、難波津から舟で嘉祥寺という所にお着きになりました。そこから弓を引くと長滝村(現在の御旅所)に落ち、そこから再び弓を引くと現在の日根神社の場所に落ちました。 その広野に根城を構え、鸕鷀草葺不合尊と玉依姫を祀り、日の国を治める天照大神(アマテラスオオカミ)と、根の国を治める素戔嗚尊(スサノオノミコト)に戦勝を祈願しました。 こうして長髄彦を平らげた磐余彦尊は、樫原に宮を定めて初代天皇(神武天皇)となられました。 このとき御先祖を祀り戦勝を祈願された地は、太陽の出る根の意から日根と云い、日の神と根の神をお祀りした野原から日根の野、日根野と呼ばれるようになりました。 仲哀天皇2年(192年)、白翁が大鳥に姿を変え日根野の空を数日にわたり飛び続け「我は鸕鷀草葺不合尊である。ここに祠を建てなさい。」と仰いました。 次いで女神が現れ「我は玉依姫命である。ここに共に祀りなさい。」と仰いました。 そこで村人が力を合わせて祠を作り、この2神をお祀りしたのが始まりであるとされています。 白鳳元年(673年)、神鳳が大鳥の郷(現在の堺市)の空に現れ「我は天照大神である。この地に五社大明神を祀りなさい」と仰いました。 そこで天武天皇は白鳳2年(674年)、大井関山に社殿を造営し、大鳥大社より御分霊を勧請したのが大井関大明神(日根神社)であると云われています。 霊亀2年(716年)に制定された和泉国五大社の一つに数えられ、摂社の比売神社と共に延喜式内社に列します。
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5月8日 渡御神事
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