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2025年02月17日(月) 00時26分 bysoo_cyan
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しょうほうじ
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臨済宗妙心寺の末寺。山号は華嶽山。釈迦如来を本尊とする。 現在の堂山町に吸収合併された高垣町字カイチにあった。厳密には現在の阪急東通り商店街と新御堂筋が交差するあたり(堂山町西端)と思われる。 正保4年(1647)に愚堂東寔国師(諡号は大円宝鑑国師)の弟子の梅天(梅尺とも)が開創。当時は光立寺村にあったが、五世徳翁の代の宝暦3年5月に北野村へ移転した。 明治31年頃(1898)、帝室技芸員で、南画家で銅板画家としても知られる森琴石の長男の雄二氏が、この正法寺の敷地の一部280坪を借り受け父・琴石の為に居宅を建てた。(それまでの居宅であった高麗橋の家は現在、料亭の吉兆となっている) この屋敷にはバラが植えられており、300種類800鉢に加え、地植え、垣植えのバラもあり、まさに薔薇屋敷といえる邸宅であったという。森琴石は大正10年(1921)にここで亡くなった。その後昭和20年(1945)の空襲で、正法寺もこの薔薇屋敷も全て灰燼に帰した。ちなみにこの森琴石の生家は有馬温泉の中の坊であり、父の梶木源次郎は有馬炭酸水の発見者としても知られている。 昭和42年(1967)に新御堂筋の道路予定地と重なっていた為、正法寺は箕面市へ移転した。 -綱敷天神社HP当社の氏地番外・北野村の寺院より-
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釈迦如来
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阪急箕面線箕面駅下車徒歩5分
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通常非公開
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華嶽山
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1647年(正保4年)
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梅天(梅尺とも)上人(大円宝鑑国師愚堂東寔上人の弟子)
