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2025年10月01日(水) 23時33分 bysoo_cyan
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ほうみょうじ
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承和三年(1347)融通念仏宗中興の祖七世法明上人が創建したとされる。江戸時代は融通念仏宗の中本山であり、良忍上人の元祖忌や法明上人の中興忌など、本山大念佛寺の大切な法要を、河内末寺の代表として執り行ってきた。塀の五本線がその格式を表している。法明に後を託された喜連の興善が八世上人となった後、法明はこの地に隠居した。 江戸時代初期の延宝年間(1673~81)まで融通念仏宗では六ヶ別寺という六つの寺院集団が鬮(くじ)引きで本山を決めており、その内の下別寺という喜連の西向寺を含む一団が、挽道場となった時のみ「法明寺」を名乗ることができた。本末制の固まった元禄十年(1697)、法明上人ゆかりの西向寺が法明寺として定堂化した。当寺に伝来する銅喚鐘の銘文は喜連西向寺が法明寺の前身であったことを伝えている。 平成二十六年(2014)六月「下別寺関連仏画群」として、寺所有の刺繍聖徳太子画像・畳二畳ほどの刺繍釈迦涅槃図・銅喚鐘等十三点が大阪市指定有形文化財に指定された。
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阿弥陀如来
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遍照山
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南源院
