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2025年10月01日(水) 22時58分 bysoo_cyan

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ばくらじぞうそん
ご由緒
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 喜連環濠は現在地蔵堂があるこの場所のみ石垣の会所桝となっていた。馬の給水のためと思われ、ここに馬繋ぎ場があったことが「馬倉」の名の起こりである。
 地蔵堂右後方の斜めの細い道が中高野街道であり、環濠に架かる馬場先橋を渡り、馬場先・馬場口を抜けて瓜破に続いた。一連の古字名から、馬倉が中世喜連城の大手前にあたることが解る。
 馬倉が氏神天神(今の楯原神社)鳥居まで続く真直ぐな広い道は、江戸時代の絵図から馬場だったことが解った。幅四間(7.2m)・長さ八十間(144m)の形状は喜連城があった何百年も前から変わっていないことも解った。
 地蔵堂は戦前、馬場先橋の南畔で濠に突き出して建っていたが、昭和三十七年(1962)に環濠の下水道設置に伴う道路拡張のため、現位置(元の会所桝内)に移されている。なお、もっと以前は馬場先口にあったとの説もある。そこは戦後なくなった河内摂津境(国境)の堤防「かっつらかい」(現長居公園通)の際であり、地蔵堂にふさわしい位置であるが今後調査が必要である。
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