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2025年10月02日(木) 22時23分 bysoo_cyan
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「瓜破の古書「船戸録」によると、この地に源氏の武士権守宗重の一子で湯浅七郎兵衛宗光という人が住んでいた。この宗光が安元の戦い(鹿が谷の陰謀?)の際、平重盛に危い命を助けられたことがあった。平重盛の死後、重盛の嫡男・維盛が富士川の戦い・倶利伽羅峠の戦いで壊滅的な敗北を喫し、戦線を離脱。紀州の熊野浦に入水してこの世を去った。 このことを知った宗光は報恩のため自己所有の土地を寄進し、社殿を建て、その霊を祀り小松大明神と名付けられた。その後、小松大明神は本郷の氏神さまとして郷民たちの信仰を集めるようになった。 元来、この神社は当地の南西方向に位置していたが鉄道敷にかかったため天神社に合祀されていたものを、南之町の有志によりこの地に社を昭和22年に建立し、祀ることにされた。
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平維盛
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平重盛公・維盛公