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楽しみ方編集詳細
2025年09月05日(金) 10時04分 bysoo_cyan
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生根神社
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上の天神 生根神社
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いくねじんじゃ
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かみのてんじん いくねじんじゃ
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上の天神
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上の天神さん
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当社創立の年代は詳らかではないが、この地はもと住吉大社の神領で、住吉の生根神社の御祭神少彦名命の御分霊を受け、勝間村(玉出)の産土神(生根神社)として奉祀した。少彦名命の奉祀以前からこの地に有喜恵美須社として蛭児命を奉祀していた。即ち大昔、茅海(ちぬのうみ・大阪湾)に大津波が起り、西宮の恵美須神社は社殿と共に流れ、御神体は勝間の浦に流れつかれたので、村民はこれを漁船に迎えこの地に祀った。後、西宮の氏子がこれを聞き伝え、返還を要請され御神体をお返しして、御分霊を奉祀したのが神社創建の始めであると言い伝えられている。 菅原道真公を奉祀したのは、明治初年廃藩置県の際、黒田藩の鎮守社として、大阪の筑前屋敷に奉祀していた筑紫天満宮(上の天神)を奉還した。御社殿は所謂大名普請にして文化的存在であったが昭和20年3月14日戦災により御社殿は炎上したが御神体は住吉の生根神社にいちはやく奉還し、御安泰であったので、仮社殿に奉祀の後、氏子崇敬者の奉賛により、昭和41年10月鉄筋コンクリート造りの御社殿、儀式殿、社務所を復興した。御神木の楠木は、昭和20年当時、樹齢六百年と推定され、神社創建の歴史を物語っていたが、惜しくも戦災により枯死し、現在はその大木の根の一部を保存して、境内に大楠社をお祀りし、その故事を継承している。 なお当神社にはその昔、雨乞い神事に用いられたと言われる「だいがく」を保存している。明治のころは玉出(勝間村)には6基あったが、戦災で焼失し、1基だけが残り、今では7月24日・25日の夏祭り両日公開して、だいがく音頭に合わせて祈願太鼓も勇ましく昔のよすがを偲んでいる。 また伝統的な特殊神事として、この神社に古くから伝わる「こつま南瓜祭り」がある。江戸時代より、当地勝間村の特産物であった「こつま南瓜」にちなんだ無病息災(中風除け・莫気封じ)を祈願するお祭りで、毎年12月の冬至には大勢の老若男女の参拝で賑わう。
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地下鉄四つ橋線玉出駅徒歩3分
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地下鉄四つ橋線「玉出」駅徒歩3分 南海本線「岸里玉出」駅徒歩3分
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ikuneshrine.official
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なし
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鉄筋コンクリート製神明造り
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