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2025年06月20日(金) 10時24分 bysoo_cyan
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仁安3年(1168)に、後白河法皇が高野山に参詣される途中、とくにこのあたりの景色を好まれ、ここに生母・待賢門院の菩提のためにこの寺を創建されました。 寺の名前には「母后報恩」の意味がこめられています。 往時は12の坊舎を有する大伽藍で、代々住職は皇女が勤める尼寺でした。淀川の洪水や兵乱でしだいに勢いが衰え一時は荒れ寺となっていたこともありました。 寺宝として後白河法皇と待賢門院の画像のほか、享保4年(1719)の略縁起などがあります。
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法皇山
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仁安三年(1168)
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1168年(仁安3年)
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