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2026年04月17日(金) 08時51分 bysoo_cyan

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通称
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豊磐間戸・奇磐間戸神社 
ご由緒
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坐摩神社の旧地です。社伝によれば神功皇后が三韓征伐の帰途、淀川河口南岸にあたる当地、大江の岸・田蓑島の地に神を祀ったと伝えています。
その後、豊臣秀吉が大坂城を築くにあたり、天正十一年(1583年)に、当地から南西1.6km離れた現在の坐摩神社の地に遷座されました。
編集後
坐摩神社の旧地です。社伝によれば神功皇后が三韓征伐の帰途、淀川河口南岸にあたる当地、大江の岸・田蓑島の地に神を祀ったと伝えています。
天正十年(1582年)豊臣秀吉が大坂城を築くにあたり、鎮座石のみ残して城外替地に本社を遷座。その後、さらに寛永年間に当地から南西1.6km離れた現在の坐摩神社の地に遷座されました。
一方、当行宮は現在の徳井町付近に鎮座していましたが、こちらも元禄年間に現在地に遷座されました。
御祭神の豊磐間戸神・奇磐間戸神は皇居の門を守護する神で、門戸・玄関・窓を守り給う神として崇敬を集めています。
中興の祖
Restored time
社格