ほしだじんじゃ
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楽しみ方星田神社のお参りの記録一覧
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次に星田神社様へ向かいました。
御祭神は
住吉四神
底筒男命(ソコツツノオノミコト)
中筒男命(ナカツツノオノミコト)
表筒男命(ウワツツノオノミコト)
神功皇后(ジングウコウゴウ)
をお祀りされています。
星田神社様の創建年は不明です。
交野市から東大阪市にかけてはかつては物部氏の
勢力圏でした。
星田神社様はその影響から物部氏の祖神である
饒速日命(交野大明神)をお祀りされていました。
しかし物部氏は蘇我氏との争いに敗れ影響力を
失います。
江戸時代になり幕府の寺社政策(寺請制度など)で
各地のお社様は自分たちの神社がいかに正統で
立派かを証明する必要に迫られました。
物部氏は既に歴史の表舞台から姿を消して久しく
幕府や民衆へのアピールとしては少し物足りなく
幕府推奨の住吉四神を住吉大社様より勧請する事で
寺社政策に対する問題(ブランド至上主義)への
解決を図られたのではないでしょうか?
しかし その一方で長らくお祀りされてきた
交野大明神への信仰は古宮として現代へ繋がれて
こられています。
あくまで当時の事情を鑑みての個人の推測です。
その推測の元ではありますが長い歴史を現代へ
繋がれてきた苦労と努力に対して胸が熱くなる
思いです。







今日は春分の日。。。
そして天赦日と一粒万倍日と寅の日が重なる
トリプル最強開運吉日である今日、
かねてよりの計画通り、星田へお出かけしました☆
まず最初に星田神社へ。。。
御朱印は書き置きのものが2種類ありました。
わたしはイラスト付きのほうを手にして
お賽銭箱にお代をお納めしようとしましたら、
後ろから(別の出入り口から?)袴姿の方に声をかけていただき、
『今、こちら側の御朱印を手にされましたか?』
と問われ、
なんだか泉に斧を落とした童話っぽいなーとか
あらぬことを思いながら『はい!』と応えると
その御朱印の絵柄の意味は〜と、
星田神社から妙見さんの成り立ちの説話を
10分くらいかけてお話しくださいました。
お時間いただき、真に有難うございました☆
今から妙見宮に向かうのだと伝えると
ご丁寧にも道順…広い通りに出て、
雪柳を目印に妙見河原沿いを進めば
一番早いし、桜も咲き始めたところだから〜と
優しい笑顔で教えてくださいました☆



以前、こちらの境外末社の星田妙見宮に参拝したことがあり、やっと念願の参拝に。🤩磐船神社から割と近くにあります。
御祭神は
表筒男命 中筒男命 底筒男命 息長帯姫命の住吉四社
由緒書きには、現在の住吉四社をお祀りしていたよりも遙か以前に、一本の大杉があり、そこに当地の氏神として交野物部の祖神である櫛玉饒速日尊(交野大明神)を祀っていたのが始まりではないかと言われています。その後蘇我氏との戦いにより、大敗し、御祭神の饒速日尊を隠す動きがあり、津守氏の奉祭していた住吉大社の神を表の御祭神とされたとか。それ以降交野社は古宮と称され、また大杉も枯死したので、その芯を御神体としてお祀りするようになったそうです。
ネットで拝見しましたが、こちらの秋祭りのだんじりの曳行が最大の目玉だそうで、天保年間につくられた大阪でも屈指の絢爛豪華✨な装飾の施された地車が2基あり、境内を曳き回しされます。例祭の日が平日でなければ、町内の曳行もあります。見てみたい!🤩
この日は神職の方はご不在で、書き置きの御朱印が置かれてありました。御朱印代金はお賽銭箱へ。😌
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変わった神社があると知り、どうせならチャリで行くかーと茨木市から漕いで行きました。
その途中にあった神社ですね。
神社とお寺が隣接していますね。
この日は大変天気が良かったので、物凄く良い光景に巡り合うことが出来ました。
祭神は住吉四神。なぜ。
というのも住吉四神が祀られる以前は境内にとても大きな一本杉があり、そこに当地の氏神として交野物部の祖神である櫛玉饒速日命(交野大明神)を祀っていたそうな。
一本杉が枯れた後も芯を御神体として祀っているそうです。
この時はここが目的地ではなかった為、早々と立ち去りました。
今度はじっくり見ていきたいですね、近いとは言えないけど行けない距離ではないので。

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