あさとはちまんぐう
安里八幡宮のお参りの記録一覧
【琉球八社巡り(4/8)】
安里八幡宮(あさと・はちまんぐう)は、沖縄県那覇市安里にある神社。旧社格は無社格。主祭神は応神天皇、神功皇后、玉依姫命。琉球八社の中で唯一の八幡宮で、他の7社が熊野権現(伊弉冉尊、速玉男尊、事解男尊)を祀っているのに対し、当社は八幡神(応神天皇、神功皇后、玉依姫命)を祀っている。琉球八社の1社。
1713年の『琉球国由来記』によると、第一尚氏第七代尚徳王により1466年に創建。尚徳王は先代・尚泰久の遺志を継いで鬼界が島遠征に赴いたが、安里の地にて願掛けで鳥を射落とし、海中の波間で得た梵鐘を得た。鬼界が島平定後、戦勝は八幡大菩薩の加護として当宮を建立したのが始まり。同時に、高明山新徳寺を併設して波間で得た梵鐘を掛けた。以後、武運を祈願する宮として信仰を集めた。1945年の米軍との沖縄戦で社殿を焼失、戦後米軍統治下では敷地は教会とされていたが、1963年に仮殿が復興、1972年の本土復帰後に敷地を回復し、1993年に八幡宮神殿の復元が実現した。
当社は、ゆいレール(沖縄都市モノレール)・牧志駅の北東500mの丘の斜面の上方部にある。平地から300mほど伸びる一直線の道がかつての参道なのか、その突き当りにある。周りは住宅街。境内に入ってみると、社殿の周りは保育園で、まるで保育園の園庭に社殿がある感じ。境内と園庭は完全に共有されている。さほど広くはない。
今回は、琉球八社の1社であることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、土砂降りの雨だったこともあり、自分以外には参拝者はいなかった。
※当宮の社務所は無人であるが、御朱印は本務社である波上宮で拝受できる。ただし、波上宮の授与所にはその旨の表示はなく、巫女さんに当宮の御朱印を拝受したい旨を伝えると、すでに参拝済みであるかどうか厳しく聞かれ、未参拝の場合にはその後参拝予定でも拝受できない...(^_^;)
坂の下から見た境内南端入口全景。丘の上には高層マンションが。
境内入口で見上げると<鳥居>の向こう側に社殿が見える。
階段を登り切ったところ。扁額には「安里八幡宮」の文字。あれ、左側に「保育園」の文字が見えるけど...(^_^;)
鳥居をくぐって左手を見ると、保育園の建物と遊具が。
右手を見ると、こちらは<社務所>兼<安里一区公民館>。
正面を向いて<拝殿>全景。一段高いところに真っ赤な<拝殿>。
拝殿への階段脇にある<手水盤>。
階段を登る。
<拝殿>正面。扉を上に開いてすぐに祭壇がある。
<拝殿>内部。シンプルな祭壇。
拝殿の後ろに廻って<本殿>を探す。
建物はないが、おそらくこちらが<本殿>。奥に洞窟があるのかな。
拝殿から振り返って境内全景。境内は完全に保育園の庭と共用。
坂を少し下ったところにある、元別当寺の<真言宗 八幡神徳寺>。(^▽^)/
沖縄旅行2日目。天候は晴れ時々雨。
琉球八社巡り3社目、安里八幡宮。
宿を国際通りのゆいレールの駅近くのホテルにしたので、安里八幡宮へは、ホテルの朝食ビュッフェを食べた後、徒歩で行きました。
八幡宮までの道のりでは、あちこちの家の玄関などでさまざまなシーサーに会うことができてほっこりします。
坂の上にある安里八幡宮は、お社のすぐ横が保育園、というか保育園の敷地にお社があると言った方が正しいような、そんな造りになっていました。
お賽銭を入れて、二礼二拍手、ご挨拶をして一礼。
どうかトラブルなくこの旅を過ごせますように、無事に予定通りに東京に帰れますように、とお祈りしました。
八幡宮は闘いの神さまですから、沖縄の人々に不可欠な存在であったに違いなく…、沖縄という土地の歴史に思いをしばし巡らせました。
今は、保育園に通う子どもたちを見守られているのだと思います。
しがない旅行者の私にとっては、穏やかな沖縄の朝散歩でした。
沖縄市街地のシーサーくんです。
シーサーもやはり、阿吽でペアなのです。
屋根の上にいたり、玄関にいたりと、さまざまです。
坂の上に見えてくる安里八幡宮です。
日曜の朝なので、誰もいません。
お鏡が祀られていました。
背景の高層ビルとの対比が、印象的でした。
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