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きんぐう

金武宮のお参りの記録一覧
沖縄県 儀保駅

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惣一郎
惣一郎
2022年05月05日(木)1269投稿

【琉球八社巡り(7/8)】

金武宮(きんぐう)は、沖縄県国頭郡金武町金武にある神社。旧社格は無社格。祭神は伊弉冉尊、速玉男尊、事解男尊。琉球八社の1社。

金武観音寺の寺伝によると、16世紀前半に琉球国金武に漂着した日秀上人が、金武の鍾乳洞(日秀洞)を拠点として布教活動を行い、金武観音寺を創建した。同じ時期に日秀洞内に熊野権現を祀り、金武権現宮(現在の金武宮)を建立した。琉球王国において琉球八社(官社)の制が設けられ、その1社となったが、当社は神職を置かず、観音寺の住職が運営していたため、官社には指定されず経済的援助は受けなかった。

当宮は、那覇市中心街から北東に40kmほどの平地の住宅街の中にある金武観音寺の境内にある。同寺は幹線道路の国道329号線から北に100mあまり入った場所にあって、北側には広大なキャンプ・ハンセンがある。観音寺の境内は本堂周りには樹木がないが、入口からしばらくは亜熱帯の樹木が鬱蒼と茂っており、その木々の中に
当宮のある洞窟(日秀洞)がある。階段を下りると、そこそこ広い空間が広がっていて、そこに社殿や大黒天像などが安置されている。観音寺にて御朱印を書いていただいた方によると、以前は洞窟内に照明が付いていて奥に進めたようだが、現在は付けていないとのことだった。

今回は、琉球八社の1社であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中早めの時間で、激しい土砂降りであったこともあり、自分以外には参拝者はいなかった。

金武宮のその他建物

境内南側の金武観音寺の入口。

金武宮の本殿・本堂

参道を進んで突き当りにある、金武観音寺の本堂。沖縄戦の戦火を逃れた、戦前からの貴重な堂宇。

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のぶさん
のぶさん
2022年03月29日(火)1661投稿

金武宮(きんぐう)は本島中部エリアにある金武町に鎮座し、金武観音寺(きんかんのんじ)の境内にある洞穴内に、金武権現(きんごんげん)として祀られています。

金武宮は創建当初より社殿が存在せず、日秀洞(にっしゅうどう)と呼ばれる洞穴内に金武権現堂としてお祀りされています。

日秀上人(1503〜1577)は和歌山県にある高野山で修行を積み出家します。

当時紀伊国の補陀洛山寺(ふだらくさんじ)から補陀落渡海(ふだらくとかい)という極楽浄土の地を求めて船出する捨身修行が行われていた。

日秀上人は補陀落渡海を行うが、琉球王国本島中部の金武のフナヤ(富花港)に漂着し現地の住人に助けられる。

金武に補陀落浄土(観音様が住むと言われる場所)を感じた日秀上人は金武観音寺を建て聖観音菩薩(御本尊)・阿弥陀如来・薬師如来、を安泰し仏教の布教に努めました。

同時に鍾乳洞に熊野三所権現(本宮・那智・速玉の主祭神))を歓請しそこを拠点に熊野信仰を広めていったのである。

くしくもその時期は琉球国最盛期の頃であり伝播の速度も早まった可能性もある。

日秀上人は琉球において真言宗と熊野信仰を広め、波之上宮の再興を行い、阿弥陀・薬師・観音三像を作って護国寺(波上宮の隣)に祀り、琉球における真言宗の総本山となった。

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