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2026年05月31日(日) 11時21分 bymaotaro
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『天正四年(1576)六月創立、開基は釋導圓である。御本尊阿弥陀如来像は釋任如得判とあり、願主は通仙である。 その昔、南朝の公卿堀川三位が地頭職であった当時、老松の森林中に在ったことから松林寺と号したが、元和の頃(1615~23)松を正に改め正林寺と改称した。 延享元甲年(1744)火災に見舞われ、殿堂をはじめ重要記録等鳥有に帰し、それまでの経過は詳細不明である。堂宇は罹災後直ちに再建され今日に至っている。伝来の小圓山観音九頭龍大権現等の像は無事本堂に安置してある。 又、安置してある聖観音木像は行基作という。 当寺境内に昔あった深沢城の古城跡があり、空壕の跡がその名残りを留めている。当時深沢城主が清泉寺を勧請し、落城後は清泉寺も亦退転し、後故あって正林寺境内に移されたが、今もその名残りとして当寺境内の一部(深沢町二八六五番地)に観音屋敷大門川の名称がある。』 「新潟県寺院名鑑」より
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『天正四年(1576)六月創立、開基は釋導圓である。御本尊阿弥陀如来像は釋任如得判とあり、願主は通仙である。 その昔、南朝の公卿堀川三位が地頭職であった当時、老松の森林中に在ったことから松林寺と号したが、元和の頃(1615~23)松を正に改め正林寺と改称した。 延享元甲年(1744)火災に見舞われ、殿堂をはじめ重要記録等鳥有に帰し、それまでの経過は詳細不明である。堂宇は罹災後直ちに再建され今日に至っている。伝来の小圓山観音九頭龍大権現等の像は無事本堂に安置してある。 又、安置してある聖観音木像は行基作という。 当寺境内に昔あった深沢城の古城跡があり、空壕の跡がその名残りを留めている。当時深沢城主が清泉寺を勧請し、落城後は清泉寺も亦退転し、後故あって正林寺境内に移されたが、今もその名残りとして当寺境内の一部(深沢町二八六五番地)に観音屋敷大門川の名称がある。』 「新潟県寺院名鑑」より
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大滝山