おとごじんじゃ
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乙子神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年01月23日(火)
#乙子神社
ご祭神はタケモロズミの命。
#建諸隅命
先代旧事本紀でも建諸隅命。
境内の看板によれば、彌彦大神の7世の子。周辺の原野を開拓し、人々に農業・漁業・商工業などを教えたと。
彌彦大神とは、彌彦神社(新潟県西蒲原郡弥彦村)のご祭神、アメノカゴヤマの命のこと。あちらにも乙子神社という摂社があり、同様にタケモロズミの命を祀る。
あちらのHPによれば、アメノカゴヤマの命を1代目とした時、7代目にあたる子孫。非常に親孝行で、父タケタセの命が重病を患った時、自分の命と引き換えでもいいから父を助けてほしいと祈ったところ、親を思う姿にオオモノヌシの大神が感心し、父子ともに救ったと。また彌彦神社の社殿や祭祀を整えたのは彼で、第10代・崇神天皇の勅命によるとある。
先代旧事本紀によれば、彼の妹・オオアマヒメの命は崇神天皇の妃。古事記によれば、彼女と崇神天皇の子に、オオイリキの命とヌナキノイリビメの命がいる。タケモロズミの命から見ると甥と姪だ。この兄妹はどうやら能登(石川県北部)へ下向したらしく、能登部神社および能登比咩神社(共に鹿島郡中能登町)で祀られている。オオイリキの命については、古事記にも”能登のおみ”という氏族の祖神とある。
僕の想像だが、母が越後の人なので、同じ北陸の能登には元から地盤があったのだろうか。
ご祭神はタケモロズミの命。
#建諸隅命
先代旧事本紀でも建諸隅命。
境内の看板によれば、彌彦大神の7世の子。周辺の原野を開拓し、人々に農業・漁業・商工業などを教えたと。
彌彦大神とは、彌彦神社(新潟県西蒲原郡弥彦村)のご祭神、アメノカゴヤマの命のこと。あちらにも乙子神社という摂社があり、同様にタケモロズミの命を祀る。
あちらのHPによれば、アメノカゴヤマの命を1代目とした時、7代目にあたる子孫。非常に親孝行で、父タケタセの命が重病を患った時、自分の命と引き換えでもいいから父を助けてほしいと祈ったところ、親を思う姿にオオモノヌシの大神が感心し、父子ともに救ったと。また彌彦神社の社殿や祭祀を整えたのは彼で、第10代・崇神天皇の勅命によるとある。
先代旧事本紀によれば、彼の妹・オオアマヒメの命は崇神天皇の妃。古事記によれば、彼女と崇神天皇の子に、オオイリキの命とヌナキノイリビメの命がいる。タケモロズミの命から見ると甥と姪だ。この兄妹はどうやら能登(石川県北部)へ下向したらしく、能登部神社および能登比咩神社(共に鹿島郡中能登町)で祀られている。オオイリキの命については、古事記にも”能登のおみ”という氏族の祖神とある。
僕の想像だが、母が越後の人なので、同じ北陸の能登には元から地盤があったのだろうか。
すてき
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