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2026年05月02日(土) 07時33分 bysoo_cyan
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新在家の大池の東畔にある傘堂は、大和郡山藩主本多政勝候の菩提をとむらうため、その影堂として、政勝の家臣でこの付近の郡奉行であった吉弘統家によって延宝2年(1674)に建立されたものです。一辺が約40センチメートルの四角い一本柱を中心に立て、その上に本瓦葺の方形造の屋根がのる珍しい形の建物で、その全体的な形が唐傘に似ていることから傘堂(唐傘堂)と呼ばれています。一説では日光の三猿や眠り猫でも有名な江戸初期の名工・左甚五郎の作とも言われています。 かつては心柱上部には阿弥陀如来が奉安され、軒には梵鐘が掛けられていました。現在は近隣にある石光寺がご本尊を、明圓寺が梵鐘を預かっています。 政勝公がかつて水不足に苦しむ農民のために大池の開削に尽力したことから現在でも地域住民からの信仰が厚く、同市新在家・染野・今在家の三か大字によって300年以上守り続けられてきました。 毎年八朔の日(9月1日)に近い9月の第一日曜日には三か大字の役員が集まり、傘堂の隣にある吉弘統家と藤懸玄達の墓前に本多政勝の位牌を据え法要が行われています。
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阿弥陀如来
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延宝2年(1674)
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吉弘統家