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そうふくじ|黄檗宗

崇福寺のお参りの記録一覧
長崎県 正覚寺下駅

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惣一郎
惣一郎
2023年05月03日(水)1269投稿

【肥前國 古刹巡り】

崇福寺(そうふくじ)は、長崎県長崎市鍛冶屋町にある黄檗宗の寺院。山号は聖寿山。長崎に4つある唐寺の1つ。また同じ長崎市内の興福寺、福済寺と合わせ「長崎三福寺」と称される。大雄宝殿、第一峰門は国宝。鐘鼓楼、護法堂(関帝堂又観音堂)、媽祖門、三門(楼門)は国指定の重要文化財。

江戸時代前期の1629年、長崎で貿易を行っていた福建省出身の華僑が福州から中国僧の超然を招聘して創建。福建省出身の信徒が多いことから「福州寺」、「支那寺」とも称された。

当寺は、長崎電気軌道・崇福寺駅の北東100mの小高い丘の上にある。中華風の独特な三門をくぐって階段を登ると、彩色鮮やかな国宝の第一峰門が迎えてくれる。伽藍の密集度が高く、国宝の大雄宝殿を中心に朱色の建物群が所狭しと建っている。伽藍内部の装飾や仏像群も黄檗宗らしいエキゾチックなもの。とてつもない見応えがある。

今回は、大雄宝殿、第一峰門が国宝で、他にも多くの国重文の建造物があることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、さすが長崎を代表する観光スポットということで多くの参拝者が訪れていた。

崇福寺(長崎県)

境内南西端入口の<三門>。別名「竜宮門」。1849年に棟梁・大串五郎平が中国人の指導を受けて造った。桁行三間、梁間二間、二重門、入母屋造、本瓦葺、左右脇門付。国指定の重要文化財。

崇福寺(長崎県)

三門手前左側の<狛犬>。

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タンホイザ
タンホイザ
2023年01月14日(土)3869投稿

1629年長崎に在留していた福建省出身の華僑が、故郷の僧・超然を招き創建した。
興福寺・福済寺とともに長崎三福寺に数えられ、聖福寺と合わせて長崎に4つある唐寺のひとつ。
明時代末期から清時代初期(17世紀)の中国の建築様式を取り入れて建築されている。
入り口にある三門は赤色が特徴的である。1849年に再建された際、竜宮門形式で建築された。重文。
その先に建つのが第一峰門。
中国寧波で加工した建材を長崎に運び1695年に建築された。当時はここが山門であったが、1673年に下に三門が建立されたため、現在は二の門になっている。国宝。
第一峰門の隣に建つのが護法堂。
1731年の建立で、中央に観音、向かって左に韋駄天、右に関帝を祀る。重文。
護法堂と向かい合わせに建つのが本堂にあたる大雄宝殿。
釈迦如来を本尊として祀る。何高材の寄付により1646年に建築された。国宝。
本堂内の仏像は中国人仏師によって製作されたという。
本堂と方丈を繋ぐ廊下と媽姐堂の門を兼ねる媽姐門は1827年再建で重文指定されている。
媽姐堂は1794年建築。道教の海上守護神である媽姐を祀る。
唐船には船ごとに媽姐像が祀られており、長崎停泊中は船から降ろされ唐寺の媽姐堂に安置されていたという。
船から媽姐像を揚げ降ろしする儀式のため、前庭には空間が設けられている。
鐘鼓楼は1728年の再建で重文指定されている。
2階に納められている梵鐘は1647年鋳造されたもので、創建時の財物施与者の名前と金額(29名・554両)が刻まれている。

崇福寺の山門・神門

三門(楼門)

崇福寺(長崎県)

三門(楼門)

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