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鎮西大社諏訪神社のお参りの記録一覧
長崎県 諏訪神社前駅

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惣一郎
惣一郎
2023年05月05日(金)1269投稿

【肥前國 古社巡り】

諏訪神社(すわ~)は、長崎県長崎市上西山町にある神社。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。主祭神は建御名方神、八坂刀売神。通称は「鎮西大社(ちんぜいたいしゃ)」、「お諏訪さん」。亀山八幡宮(佐世保市)、昊天宮(大村市)とともに「長崎三社」の1社と称されるとともに、同じ長崎市内の伊勢宮、松森天満宮と合わせて「長崎三社」ともされている(さらに水神神社と中川八幡宮を合わせて「長崎五社」ともいう)。また当社例祭で10月7日から9日まで開催される「長崎くんち」でも知られる。

社伝によると、戦国時代の弘治年間(1555年~1558年)に長崎で祀られていた諏訪神社、森崎神社、住吉神社の3社が起源。創建には諸説あり、長崎織部亮為英が京都の諏訪神社の分霊を現在の風頭山の麓に奉祀したのが始まりという説と、東松浦郡浜玉町の諏訪神社を勧請したという説がある。のちの戦国時代には当地はキリスト教徒の支配地となり、当社を含めすべての社寺が破壊された。
江戸時代に入り1625年に長崎奉行・長谷川権六や長崎代官・末次平蔵の支援により松浦一族で唐津の修験者であった初代宮司・青木賢清が円山(現在の松森天満宮の鎮座地)に三社を再興し、長崎の産土神とした。1641年に江戸幕府から現在の社地を寄進され、1651年に遷座した。江戸時代末期の1857年には火災により社殿を焼失したが、孝明天皇の勅諚により1868年に再興した。近代社格制度のもと、大正時代に国幣中社に昇格した。なお、「長崎くんち」の奉納は、1634年に丸山町、寄合町の両町が踊りを奉納したのが始まり。

当社は、長崎電気軌道・諏訪神社駅の北西200mの小丘の上にある。麓の入口から社殿までは、緩やかな石段の参道が200mほど続く。境内を下から見上げると、まるで宮殿のような立派さで、大きな社殿は横幅もあるが、山の傾斜に沿って奥行きもある豪華なもの。社殿周りは非常に整備されているが、奥に進めば境内社もたくさんあり、じっくり見て廻ってもなかなか見応えがある。なお、境内南西側には長崎県神社庁がある。

今回は、旧国幣中社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は休日の午後、やはり長崎を代表する神社だけあって、自分以外に多くの参拝者が訪れていた。

鎮西大社諏訪神社(長崎県)

国道34号線の馬町交差点から北方に少し入ったところにある、参道入口の<一の鳥居>。
ここからなだらかに登る参道が200m続く。

鎮西大社諏訪神社(長崎県)

この参道にはたくさんの鳥居が建っていて、信仰の篤さとその歴史を感じる。
こちらは数十m登ったところにある<五の鳥居>。

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