御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方

おおがしゃ

大神社の編集履歴
2024年11月16日(土)
長野県 村井駅

ステイさんのプロフィール画像
ステイ
2024年11月16日 15時26分

ご由緒

創立年代不詳。京都府桜井市三輪町字三諸山(旧官幣大社)大神神社より御分霊勧請賜り内田郷大神社神社尊称す。 文禄2年以前の記録は宝暦10年極月10日の火災により消滅し不明。 天文11年甲斐国武田晴信、小笠原長時と合戦の際、当社に祈願し勝利の後、天文13年■■■■■■寄付している。其の写し下記の通り、 「於内田貮拾五貫令寄納候条以降聊不可有相違候■意社中造営無諫■例勤仕当家武運長久可到内誠者也。天文廿三年甲寅五月十四日」 其の後、小笠原代の帰依により拾五石を寄進せられし由傳聞せしも火災の■鳥有■■是より記する能わず然し後当社社殿に於いて、子孫繁栄の為、毎年8月15日湯神楽を執行するを例とする境内取締のため■札を礼下置候下記其の写し 一、伐採竹木事 一、■宮中狼藉■事 一、■生之事 右於背■旨を■水厳料者也 慶長寅五月十五日   源秀政朝臣 ■ 上記後天正11年武田勝頼当社に鉄製宝鏡経四寸袁面ひもつき貮面を武田家運長久を祈願し奉納する。其の後天和2年諏訪氏の領地となり以来当社へ神事免として貮石五年七升五合を年々寄付せられ建物の維持費に充て来しに廃藩に至り止む。 執行年月日不詳なるも代子及近郷よりの請礼、神符木を毎年12月28日に清火を以って焼拂、是を清浄祓と称し祭典が行はれて今日に到る。 元和3年正月神主吉田家裁許状を受ける。「二成り正徳2年以来当社神主相続の際国家長久の行事執行するを実例とす。 明治22年神祇庁の指令により(今後の維持運営困難な神社は運営上支障のない神社と併合の事)明治40年10月横山材諏訪社と併合。 建物の建立年月日及神事其の他の諸事について不明なるも其の後の物証及記録により明治5年8月正面参道大鳥居建設。安永2年御社殿、社務所普請天保9年戌戌8月御本殿建築。明治43年4月饌幣帛料共進社として長野県告示336号指定を授る。大正5年立太子■記念碑建立、昭和3年11月御大典記念常夜燈建立。昭和10年1月火災により社務所、焼失。同年4月現在の社務所建築の昭和11年現在の渡廊下改築。昭和13年4月現在の弊殿及拝殿改築。合わせて御本殿を現在地移転。内垣内の石の間改増。昭和61年に昭和天皇御在位60年記念事業として参道に鉄制赤色燈立籠奉建。平成2年今上天皇御即位記念事業として耐久性アルミ制■旗竿新設。平成8年参道正面大鳥居改築。

駐車場

あり

行事

4月28日 4月29日(両日)

ログインすると情報を追加/編集できます。