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楽しみ方編集詳細
2025年01月16日(木) 12時25分 by神社猫
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おおやまつみじんじゃ
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おおやまづみじんじゃ
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884-0104
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児湯郡木城町大字石河内935-3
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児湯郡木城町石河内935-3
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創建は、神田他人の祖、重吉なる人が社殿を創立して崇敬したことに始まるといわれ、逐次遠近よりの参拝が多くなり、旧藩主の内室も厚く崇敬され、祭礼には代参などのこともあった。又、米良地方より毎年神楽方数名来り、神楽奉納の古例があったが、現在は郷土神楽を奉納している。棟札によれば、享保三年(1718)十二月二十一日、天保十一年(1840)二月十四日に再興されている。維新前は、小丸川対岸の古屋敷にあったが、祭りの際に竹筏で渡って水死者を出すなどのこともあり、黒木氏宅の氏神と合祀し現在地になった。伝説で有名な福永丹波守を合祀している。 天正年間伊東方野尻の城主であった福永丹波守が、島津との戦いで敗戦し伊東義祐の堪気にふれ三年におよび許されなかった。 天正五年島津の日向攻略のとき、丹波守は島津に通じ伊東氏は凋落することになった。このとき丹波守が米良山を越え、この地に逃れ賊に追い掛けられ南瓜の蔓に足をとられて討たれたと伝えられている。その福永丹波守の墓と伝えられている。その後対岸の福永神社に祭られるようになった。 それでこの地方の人は南瓜を食べず、福永神社にお参りすると足の病がよくなると伝えられている。
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(0983)32-3727
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《合》福永丹波神,《主》大山祇命
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《主祭神》 大山祇命(おおやまつみのみこと) 《合祀神》 福永丹波守(ふくながたんばのかみ)
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https://www.m-shinsei.jp/m_shrine/%e5%a4%a7%e5%b1%b1%e7%a5%87%e7%a5%9e%e7%a4%be%ef%bc%88%e3%81%8a%e3%81%8a%e3%82%84%e3%81%be%e3%81%a5%e3%81%bf%e3%81%98%e3%82%93%e3%81%98%e3%82%83%ef%bc%89%e6%9c%a8%e5%9f%8e%e7%94%ba/
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・高鍋ICより車で約40分 ・JR日豊本線高鍋駅より車で約45分
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あり
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不詳
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本殿(神明造) 拝殿(切妻造)
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2月1日 例祭