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2025年01月20日(月) 21時57分 by神社猫
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880-2233
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「日向地誌」によると、吉野村は嵐田村に同じとし、建久八年(1197)丁巳六月の「日向国図田帳」には諸県の荘四五〇町地頭故勲藤原左衛門尉とあり、これにより以前は藤原氏の管下にあったことがわかる。建久以後は伊東氏から島津氏へと変わり、のち秋月氏の管轄となったことは金崎村に同じである。 その伊藤氏の頃、伊豆の国の浪人川越数馬重為という者、伊藤氏に旧縁あるを以て日州那珂郡に来て、のち吉野村の地頭となった。かくて以前に信仰した北山大明神のご分霊を伊豆の国より奉還し、若宮大明神として吉野村の鎮守としたのである。 伊藤氏没落後は、川越主殿重郷及び川越太郎右衛門重潔が若宮大宮司となったが、その後宮永氏が代々奉仕していたようである。 所蔵の棟札によれば、正保三年(1646)九月、元文四年(1739)四月、天明八年(1788)九月、享保元年(1716)十一月、慶応二年(1866)十一月に社殿の造営が行われている。
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不詳
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川越数馬重為
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11月13日 例祭