御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方編集詳細
2025年01月20日(月) 21時26分 by神社猫
編集後
880-0043
編集後
当社の創立は成務天皇(131~190)の御宇、武内宿禰を使いとして崇祀されたという。 神殿は吾平山岩窟を以て本殿と成し、窟前に祝詞殿1宇、拝殿1宇の構造をして参道の石階広さ3間、旧延岡城主、有馬左衛門尉並びに後の城主、牧野備後守等、代々崇敬の神社にして、祭祀料の地を寄進し、社殿修理をも行われた。また幕府勘定奉行今井九右衛門が御供田2石の地を寄進し、前者の5石と合わせ7石の御供田があり、崇敬もっとも丁重の神社にして明治維新後村社となった。『日向地誌』によると、神社名も村社磐戸神社とし、「天然の岩窟なり、窟口の広さ1丈余、深さ15間、その中に鎮座す」となっている。 なお、大祭には33番の神楽があり、5色のご幣等持って舞をし、鬼神、荒神、山の神舞、あるいは日籠舞として陰陽2神和合の舞、手力雄の舞等があり、宵宮等その昔は、賑わったという。 ご神像は、黒塗金泥の厨子に納めた高さ、76センチメートルの光り輝く、天照皇大神も神像で、鎌倉時代の作といわれている。
編集後
不詳
編集後
武内宿禰
編集後
本殿(岩屋) 拝殿(流造)
編集後
11月15日 例祭