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楽しみ方編集詳細
2022年01月04日(火) 22時23分 byささ
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ひおきじんじゃ
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519-1402
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阿山郡伊賀町大字下柘植2260
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伊賀市下柘植2260
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下柘植日置神社については「三国地誌」に「按慶長年中愛田ヨリ勧請ス」とあり言い伝えには平宗清の長男日置太郎家清が父の後を継いで下柘植村に住んでいた時この神社を創建し子孫がずっと奉祀してきたが天正9年(1581)織田氏の兵火にかかり全焼した。しかしその後住民が協力して再建したという。元愛田日置神社については「伊水温故」に「信濃国諏訪郡健御名方命勧請」とあり「三国地誌」には「按神明、天王、諏訪の三座を祀る。弥平兵衛宗清造建す。」とある。言い伝えによると平宗清は後年愛田に住んでいた。時の将軍頼朝は宗清に旧恩があったので所領を授けようとしたが、宗清は請けなかった。それで藤九郎盛永をつかわし33村を日置神社に寄付し造営を助けた。当時山中村を改め愛田村と呼んだという。明治40年にはちまんじんじゃなど12社を合祀し明治41年には愛田宮前1776に鎮座していた日置神社を合祀している。この年にはほかに下柘植や愛田に鎮座の神社を合祀しこの時期に合祀された神社は27社に及ぶ。