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2024年11月18日(月) 23時16分 by神祇伯

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郵便番号
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519-0165
ご由緒
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醍醐天皇延喜5年(905)勅命により撰修された「延喜式」神名帳に登録された式内社である。明治41年村社能牟良神社他近隣の20社を合祀。崇神天皇7年(紀元前91年)の御代に勅命をもって伊香我色雄命に猿田彦命を鎮座せしめられた。伊香我色雄命の子、大水口宿祢の子孫80代相継いで神主となり明治に至る。垂仁天皇御代に皇女倭姫命がご案内役となって天照皇大神の鎮座の地を求めて大和の国から忍山に御遷幸になり半年御鎮座されたその跡をかしこんで大神を奉祀した。景行天皇御代に王子日本武尊は東征に際し忍山神社に立ち寄られ神主忍山宿祢の長女弟橘媛を妃とされ媛は東征に従われ相模の海が海神の怒りで荒れたため入水してその怒りを鎮められたと伝承されている。大正天皇6年10月鎮座2000年祭が斎行された。毎年10月の例祭には荒魂をなぐさめる為傘鉾が町内巡行される。昭和27年亀山市指定文化財(無形民俗文化財)に指定。
	
編集後
醍醐天皇延喜5年(905)勅命により撰修された「延喜式」神名帳に登録された式内社である。明治41年村社能牟良神社他近隣の20社を合祀。崇神天皇7年(紀元前91年)の御代に勅命をもって伊香我色雄命に猿田彦命を鎮座せしめられた。伊香我色雄命の子、大水口宿祢の子孫80代相継いで神主となり明治に至る。垂仁天皇御代に皇女倭姫命がご案内役となって天照皇大神の鎮座の地を求めて大和の国から忍山に御遷幸になり半年御鎮座されたその跡をかしこんで大神を奉祀した。景行天皇御代に王子日本武尊は東征に際し忍山神社に立ち寄られ神主忍山宿祢の長女弟橘媛を妃とされ媛は東征に従われ相模の海が海神の怒りで荒れたため入水してその怒りを鎮められたと伝承されている。大正天皇6年10月鎮座2000年祭が斎行された。毎年10月の例祭には荒魂をなぐさめる為傘鉾が町内巡行される。昭和27年亀山市指定文化財(無形民俗文化財)に指定。
	
電話番号
編集後
0595-83-3756
ご祭神/ご本尊
編集前
《合》倭姫命,天照皇大神荒魂,大比古命,乙若子命,大若子命,天鈿女命,大山祇命,豊宇賀乃売命,神吾田鹿葦津姫命,饒速日命,大水口宿禰,忍山宿禰,建速須佐之男命,大名牟遅命,伊弉諾神,伊弉冉神,木花開耶姫神,市杵島姫命,菅原道真,伊香我色雄命,《主》田比古命,《配》天照皇大神,太玉命,天児屋根命
編集後
,《主祭神》
 猿田比古命
《配祀神》
 天照皇大神
 太玉命 
 天児屋根命
《合祀神》
 倭姫命
 天照皇大神荒魂
 大比古命 
 乙若子命
 大若子命
 天鈿女命
 大山祇命 
 豊宇賀乃売命
 神吾田鹿葦津姫命
 饒速日命 
 大水口宿禰
 忍山宿禰
 建速須佐之男命
 大名牟遅命
 伊弉諾神 
 伊弉冉神 
 木花開耶姫神
 市杵島姫命
 菅原道真
 伊香我色雄命
URL
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https://oshiyamazinja2.jimdofree.com/
参拝時間
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参拝自由
授与所:午前中のみ神主在中と情報あり
Introduction
トイレ
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あり
参拝所要時間
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約10分
参拝料
編集後
なし
創立
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崇神天皇七年(紀元前91年頃)
創始者/開山・開基
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伊香色雄
本殿/本堂の建築様式
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神明造
巡礼
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元伊勢(鈴鹿小山宮/忍山宮)
行事
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10月14日 例祭
ご神体
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不詳
Wikipedia
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