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はせだじんじゃ

走田神社の御由緒・歴史
京都府 亀岡駅

ご祭神彦火火出見命
豊玉姫命
彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊
創建時代和銅四年(711年)
ご由緒

走田神社は社伝等によると和銅4年(711)に創祀されたといわれます。また、平安時代の書物である「延喜式」の「神名帳」に記載されている丹波国十九座の内の一社です。祭神は彦火火出見尊、豊玉姫尊、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊の三柱をお祀りしています。この彦火火出見尊は神話「海幸彦・山幸彦」に登場する山幸彦にあたります。豊玉姫尊は山幸彦が海幸彦の釣針を探しに行かれた竜宮に住む海神の娘で彦火火出見尊の妃となった方です。彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊はこの二神の御子です。
社伝等によると、昔社殿に掛けられていた絵馬から馬が毎夜抜け出て草を食べ歩き、やがてその蹄の跡が窪地になり川となったといわれます。この川は増水の時でも川音を立てないことから「不鳴川」とも呼ばれます。この川は干ばつの時でも枯れることがなく、近隣の田畑を潤しました。またこの川の没渫(泥さらえ)等をするときは故事にしたがってその日には馬の好物である青豆を供えて祈願する風習が今も続いています。また境内の中に「垂乳味池」と呼ばれる清水があり、次のような話が伝わっています。豊玉姫尊が葺不合尊を出産した後、御子を波瀲に残し龍宮に帰ってしまいました。そこで残された葺不合尊はこの清水の水で粥を作り乳の変わりとしました。これより「垂乳味池」と呼ばれるようになりました。後にこの清水は乳の出が悪い婦人がこの清水で作った粥を食べると乳がたくさん出るようになったといわれています。

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