ようげんいん|浄土真宗遣迎院派|南叡山
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楽しみ方養源院のお参りの記録一覧
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長岡京から京都に戻ってきて、京都駅からバスに乗り、三十三間堂前で下車。
三十三間堂前には行かず(^^;、「養源院」へ。
浅井長政の菩提寺ですね。初訪問です。
本堂の廊下の天井は全て血天井。
関ケ原の合戦の前哨戦である伏見城の戦いで、豊臣方の軍勢に打ち破られる直前に伏見城内の
廊下で自刃した徳川方の兵士らの血で染まったものを寺の天井に上げて残しているそうです。

御朱印は書置きのみ。こちらは通常の御朱印。

大河ドラマ「麒麟がくる」とのコラボなのかな。こちらは2枚1セットになった御朱印です。
俵屋宗達の杉戸絵の図柄を書き起こして判子にしているそうです。





三十三間堂の向かいにある。色々と面白い寺院。
まずは寺名の養源院であるが、浅井長政の院号である。
お寺は浅井三姉妹の茶々(淀君)が秀吉に願って創建された浅井家の菩提寺である。
茶々の母は織田信長の妹の市である。
1619年落雷により焼失するが、1621年に浅井三姉妹の三女、江(徳川秀忠の正室)により再興され徳川氏の菩提所となる。
秀忠と江の子、和子は後水尾天皇に入内していることから、当寺に安置されている秀忠と江の位牌には皇室の菊、徳川の葵、豊臣の桐の3つの紋が付されている。
これは日本でここだけだそうだ。
戦国のビッグネーム、織田・豊臣・徳川の縁がぐちゃぐちゃに混ざっていて大変興味深い。
堂内の杉戸には俵屋宗達の絵が残されており、これも味わい深い。
小さいが色々興味が尽きないお寺である。


雨の日にあの有名な情けない顔の豊臣秀頼の掛け軸を見せて頂けるというのでやって来ました。
ここには石川五右衛門が秀吉を襲ったと伝わる伏見城の部屋が丸々移築されてあって当時を思いはせることが出来ました。
それだけでなく、風神雷神図の俵宗達の板絵が残っており、太い線で描かれた耳が袋状になった白い象が描かれてあります。
当時の人は象は知っていてもインド象だった所為か垂れた耳がどうなっているのか分からなかったようで、袋状に描いている絵が多いですよね(笑)
で、雨だったんですよ。堂内は薄暗い。雨で更に薄暗くなってそれはもうあちこちオドロオドロシイ・・・。
特に説明のおばさんが懐中電灯を持ってふわりと天井を映し出し、
「あれが鳥居元忠の自害痕です」とか言うんです。
ゆらゆらと光源の低い懐中電灯で映し出された血天井は湿気で更にくっきりと浮かび上がっていて、
「これが頭で、これが胴体で、ここが腕ですね」とか淡々と説明されるんです。
「今日は雨なので見にくいんですが」とかおっしゃるんだけど、いやはや十分恐ろしかったですよ・・・。
そういうのをお好みでしたら雨の日に是非参拝してみてください。
堂内のご本尊前も伏見城の移築らしく装飾が見事でした。

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