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2023年06月21日(水) 18時54分 bysoo_cyan

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通称
編集前
御寺
編集後
御寺泉涌寺
ご由緒
編集前
真言宗泉涌寺派の総本山で、皇室とおかかわりが深く「御寺」として親しまれている。
寺伝によれば、平安時代に弘法大師によって営まれた草庵を起こりとし、法輪寺(後に仙遊寺と改称)と名付けられた後、建保六年(1218)には宋(中国)から帰朝した月輪大師・俊芿に寄進され、大伽藍が整えられた。その際、境内に泉が涌き出たことにちなんで泉涌寺と改められた。仁治三年(1242)の四条天皇をはじめ、歴代の多くの天皇の葬儀が行われ、寺内に御陵が営まれており、皇室の香華院(菩提所)として厚い崇敬を受けてきた。
広い境内には、運慶の作と伝えられる釈迦仏、阿弥陀仏、弥勒仏の三世仏を安置する仏殿(重要文化財)のほか、釈尊の仏牙(歯)を祀る舎利殿、開山堂、御所の建物を移築した御座所、霊明殿など数多くの伽藍が建ち並んでいる。
寺宝として月輪大師筆の『泉涌寺勧縁疏』(国宝)、楊貴妃観音堂に安置される聖観音蔵(重要文化財)など、多数の貴重な文化財を所蔵する。また、謡曲『舎利』の舞台としても有名である。
山内の塔頭には七福神が祀られており、毎年成人の日に行われる七福神巡りは多くの参拝客でにぎわう。
編集後
真言宗泉涌寺派の総本山で、皇室とおかかわりが深く「御寺」として親しまれている。
寺伝によれば、平安時代に弘法大師によって営まれた草庵を起こりとし、法輪寺(後に仙遊寺と改称)と名付けられた後、建保六年(1218)には宋(中国)から帰朝した月輪大師・俊芿に寄進され、大伽藍が整えられた。その際、境内に泉が涌き出たことにちなんで泉涌寺と改められた。仁治三年(1242)の四条天皇をはじめ、歴代の多くの天皇の葬儀が行われ、寺内に御陵が営まれており、皇室の香華院(菩提所)として厚い崇敬を受けてきた。
広い境内には、運慶の作と伝えられる釈迦仏、阿弥陀仏、弥勒仏の三世仏を安置する仏殿(重要文化財)のほか、釈尊の仏牙(歯)を祀る舎利殿、開山堂、御所の建物を移築した御座所、霊明殿など数多くの伽藍が建ち並んでいる。
寺宝として月輪大師筆の『泉涌寺勧縁疏』(国宝)、楊貴妃観音堂に安置される聖観音蔵(重要文化財)など、多数の貴重な文化財を所蔵する。また、謡曲『舎利』の舞台としても有名である。
山内の塔頭には七福神が祀られており、毎年成人の日に行われる七福神巡りは多くの参拝客でにぎわう。
見所
編集前
<h3>楊貴妃観音で美容のご利益</h3>
観音堂には楊貴妃観音が安置されています。世界三大美女の一人である楊貴妃。
縁結びと美容のご利益があります。

<h3>清少納言が過ごした地</h3>
敷地内には清少納言の歌碑が立っています。
清少納言は御所を去った後、自身が仕えた中宮定子が眠る陵墓の近くでもあるこの地で過ごしたと言われています。
編集後
<h3>楊貴妃観音で美容のご利益</h3>
観音堂には楊貴妃観音が安置されています。世界三大美女の一人である楊貴妃。
縁結びと美容のご利益があります。

<h3>清少納言が過ごした地</h3>
敷地内には清少納言の歌碑が立っています。
清少納言は御所を去った後、自身が仕えた中宮定子が眠る陵墓の近くでもあるこの地で過ごしたと言われています。
参拝料
編集前
大人500円、中学生以下300円
編集後
伽藍拝観大人500円、中学生以下300円。特別拝観(本坊)500円(中学生以上。小学生以下は同伴者必須)
山号
編集後
泉山
院号
編集後
皇室御香華院
創立
編集後
1218年(建保6年)
創始者/開山・開基
編集後
月輪大師・俊芿
巡礼
編集前
真言宗十八本山第8番
洛陽三十三所観音霊場第20番
京都十三仏霊場第6番
泉山七福神巡り番外
編集後
真言宗十八本山第8番
洛陽三十三所観音霊場第20番
京都十三仏霊場第6番
泉山七福神巡り番外
文化財
編集前
泉涌寺勧縁疏、附法状(国宝)
大門、仏殿、木造観音菩薩坐像ほか(重要文化財)
編集後
泉涌寺勧縁疏、附法状(国宝)
大門、仏殿、木造観音菩薩坐像ほか(重要文化財)