わかみやはちまんぐう
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若宮八幡宮の編集履歴
2024年05月16日 22時50分
ご由緒
当宮は天智天皇が山科野に御巡幸の天智8年(669)の折、音羽の杜に八幡神を勧請されたのにはじまると伝えられている。
当初の御祭神は仁徳天皇、応神天皇、神功皇后の三神であったが、後に摂社の二神(天武天皇、須佐之男命)を加え、五座となった。旧記は紛失し現存しないが、後小松天皇の応永年中(1394~1427)8月に社殿が再建され、明治6年(1873)8月に村社に列せられた。そして平成2年(1990)に社殿を数メートル後退させ、その跡に幣殿を設けたのである。
境内には廃仏毀釈で廃された観音堂が再建され、十一面千手観音と、脇侍として不動明王、毘沙門天が祀られている、また、供養塔としての二基の宝筐印塔がある、一基は天武天皇の御子の大津皇子、他はその御子粟津王であり、現在も、氏子の中に粟津姓を名乗る氏人が多く存在する。
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