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2025年08月29日(金) 23時12分 bysoo_cyan

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宗派
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日蓮宗
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日蓮宗大本山本圀寺塔頭
ふりがな
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りんしょういん
通称
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楠寺
ご由緒
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林昌院は享禄3(1530)年、大輪院日實上人開山による日蓮宗寺院で天文法難(1536年)以降に大本山本圀寺の塔頭寺院となりました。江戸時代(1600年代中頃)楠木正成の末裔にあたる住職により楠が植えられていたことから「楠寺」と呼ばれていました。今も中庭には楠が3本ありその名残を残しています。天明の大火(1788年)による焼失等、これまでに幾度か改築をしてきましたが現在の伽藍は令和元年の改築によるものです。
また、旧了覚院墓地には赤穂義士・小野寺十内の妻丹の墓があります。丹は夫の死後食を絶って自死したと言われ貞女の鏡としての誉れが高かったことから、以前は「丹女会」という遺徳を偲ぶ会もあってお参りの人が絶えなかったと言います。また、十内夫妻は和歌を京都の歌人金勝慶安に学んでいて歌人としても知られていました。松の廊下事件から切腹までの約二年間を離れて暮らしていた二人は歌を交えた手紙をやりとりして夫婦の絆を深めました。こうした歴史に共感された東京の冨岡ご夫妻により丹の歌碑寄贈の申し入れがあり、令和3年6月の命日に墓碑の近くに建立して年回法要と除幕式を行いました
ご祭神/ご本尊
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仏像祖師像等(4体)
URL
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https://rinsyouin.com
山号
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了喜山
院号
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林昌院
創立
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享禄3(1530)年
創始者/開山・開基
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大輪院日實上人
行事
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小野寺丹墓前回向 6月18日
加藤正方墓前回向 9月23日