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2024年08月12日(月) 00時06分 bysoo_cyan
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玉龍院は相国寺第五世雲溪和尚を開祖とします。雲溪和尚は相国寺第四世太清和尚の法弟であり、ともに雪村友梅禅師の法系です。足利義満が雪村友梅禅師の法嗣太清宗渭(相国寺第四世住持)を相国寺に迎請するため、その禅室として創設されました。 その後、時代は下だり、白隠下東嶺和尚の法を嗣いだ天真和尚が住し、山門の為に大いに貢献します。ことに天明八年(1788)四月におこった天明の大火の際、本山の執事として在任中であり、開山堂から法堂に通じる廊下を猛火が襲いかかろうとした瞬間に東福寺の使僧と鹿苑寺の使僧洪崖とほか一、二人の助力をかり、廊下の破壊に成功しました。この活動のために、法堂は現在までその景観を残すことができたといえます。その後、天真和尚は当院の再建に尽力し、苦心してその資金を積み立てました。 明治維新後、久しく無住状態に陥り、廃頽の危機に瀕するが、第十三世良谷恵譲和尚が中興となり、寺の再興に力を注ぎます。昭和五年(1930)現在地に移転改築し、大いに旧観をあらためました。
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釈迦如来
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通常非公開
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梵王山
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1388年(元中5年)
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雲溪和尚
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雲溪和尚/足利義満