てんまんじんじゃ
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天満神社ではいただけません
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天満神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2020年05月27日(水)
参拝:2020年4月吉日
丹後国与謝郡の式内社「吾野神社」の論社です。近隣の神社の例祭は当社の例祭である「加悦谷祭」に合わせて行われるほど、加悦谷において中心的な神社として大切に扱われています。
《一の鳥居》
《牛像》
もちろんいます。
もちろんいます。
《表参道》
住所を見ても分かる通り、天神山と呼ばれる小高い丘の上に神社があります。
住所を見ても分かる通り、天神山と呼ばれる小高い丘の上に神社があります。
雨降ってたのでカタツムリさんがいました。
《祭儀庫?》
地図で見るとこっちが天満神社として表示されるんですが、どういうことでしょうか…?
地図で見るとこっちが天満神社として表示されるんですが、どういうことでしょうか…?
《末社・稲荷神社》
山頂に着いて右側、天満宮の向かい側に鎮座しています。
いつも(ry
山頂に着いて右側、天満宮の向かい側に鎮座しています。
いつも(ry
《石灯籠》
鎌倉時代の建築物で、国の重要美術品、府の重要文化財に指定されています。
鎌倉時代の建築物で、国の重要美術品、府の重要文化財に指定されています。
《拝殿》
社伝によると、四道将軍の一人で丹波地方を開拓した丹波道主命さまの子孫である細田倉彦という方が菅原道真公に仕えており、公が太宰府に左遷されたあと、丹後に戻って当社を創建したとされています。
社伝によると、四道将軍の一人で丹波地方を開拓した丹波道主命さまの子孫である細田倉彦という方が菅原道真公に仕えており、公が太宰府に左遷されたあと、丹後に戻って当社を創建したとされています。
《末社・吾野神社》
☆チェックポイント!!
天満宮の後ろ側を進むとまた少し丘を登った先に鎮座しています。
式内社として記載されており、本来はこちらが先にこの天神山に鎮座していましたが、後世に天満神社に譲ったとされています。
☆チェックポイント!!
天満宮の後ろ側を進むとまた少し丘を登った先に鎮座しています。
式内社として記載されており、本来はこちらが先にこの天神山に鎮座していましたが、後世に天満神社に譲ったとされています。
上述した加悦谷祭には38社の神社が例祭を同日に行っております!その中には式内社の大虫神社、子虫神社、倭文神社、物部神社が含まれています。
38社も同時にお祭りやってたら、この辺ものすごい賑やかそうですよね…!!!
38社も同時にお祭りやってたら、この辺ものすごい賑やかそうですよね…!!!
すてき
投稿者のプロフィール
神祇伯1459投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(11/3更新)
御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。
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