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2025年05月11日(日) 01時40分 byひなぎく

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緯度
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35.33841959922273
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35.3384183
経度
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139.39668245759844
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139.3967559
住所
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神奈川県茅ヶ崎市矢畑
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茅ヶ崎市矢畑142
ご由緒
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長元3年(1030)源頼義は勅命により東征(下総の乱)の途次、当村の南、鎌倉街道に接した佐塚大明神の丘に、源家の守護神石清水八幡宮(誉田別命)を勧請、戦勝を祈願した。
天喜3年(1055)鎮守府将軍頼義は、長子八幡太郎義家(13歳)と安部一族の乱(前九年の役)に向かう途次、再度懐島八幡宮に戦勝を祈願し、乱を平定したのを機会に神恩に報いて康平6年(1063)懐島八幡宮を鎌倉に勧請、鶴岡八幡宮を創建した。(乱橋の元八幡)
応徳3年(1085)鎮守府将軍義家は、清原一族の乱(後三年の役)に懐島八幡宮に重ねて戦勝を祈願し、寛治元年(1087)平定した。
寛治3年(1089)義家は度重なる神恩に感謝の意をこめて、広大なる神域を隣村浜之郷に設け、鶴嶺八幡宮を創建し、以来太子免の懐島八幡宮は、本社宮と改称され、当村の鎮守となり、霊験あらたかなる神として崇敬されてきた。
殊に享保2年(1717)より祭典は氏子総出で、超大幟を立てるなど盛大に行われてきたが、天保年間に現在地の南隣りに遷座して参拝と管理を便にし、昭和2年(1927)現在地に再遷座したものである。
見所
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鶴嶺八幡宮の兼務社
編集後
源頼義が源氏の氏神として石清水八幡宮を勧請し、懐島八幡宮と称したのが始まりです。鶴嶺八幡宮が創建されてからは矢畑の鎮守となり「本社宮」と改称され今に至ります。鶴嶺八幡宮の兼務社になります。
創立
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長元3年(1030)
創始者/開山・開基
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源頼義