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2024年07月19日(金) 17時00分 byQちゃん2022

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ご由緒
編集前
< 公式Webサイトから引用 
        http://sugimotodera.com/sample-page/ >
.
当山は天平(てんぴょう)6年(734年)
聖武天皇の后である光明皇后の御願により、
藤原房前(ふじわらのふささき)、行基菩薩(ぎょうきぼさつ)
によって建立されました。
御本尊は天平6年(734年)
行基菩薩御作(ぎょうきぼさつおんさく)、
仁寿元年(851年)慈覚大師円仁御作(じかくだいしえんにんおんさく)、
寛和(かんわ)2年(986年)
恵心僧都源信御作(えしんそうずげんしんおんさく)
の三体の十一面観音様です。
鎌倉時代火災がおこった際に
御本尊三体自ら庭内の大杉の下に火を避けられたので、
それより「杉の本の観音」と呼ばれたという言い伝えがあります。
また、礼を欠き、
信心なくして馬で寺の前を通り過ぎる者は落馬するというので
建長寺開山大覚禅師(だいがくぜんじ)が祈願し自らの袈裟で
行基菩薩が彫られた十一面観音様のお顔を覆ったところ
落馬する者がなくなったといいます。
本堂正面には、
源頼朝公寄進の前立本尊十一面観音様が安置されています。
編集後
< 公式Webサイトから引用 
        http://sugimotodera.com/sample-page/ >
.
当山は天平(てんぴょう)6年(734年)
聖武天皇の后である光明皇后の御願により、
藤原房前(ふじわらのふささき)、行基菩薩(ぎょうきぼさつ)
によって建立されました。
御本尊は天平6年(734年)
行基菩薩御作(ぎょうきぼさつおんさく)、
仁寿元年(851年)慈覚大師円仁御作(じかくだいしえんにんおんさく)、
寛和(かんわ)2年(986年)
恵心僧都源信御作(えしんそうずげんしんおんさく)
の三体の十一面観音様です。
鎌倉時代火災がおこった際に
御本尊三体自ら庭内の大杉の下に火を避けられたので、
それより「杉の本の観音」と呼ばれたという言い伝えがあります。
また、礼を欠き、
信心なくして馬で寺の前を通り過ぎる者は落馬するというので
建長寺開山大覚禅師(だいがくぜんじ)が祈願し自らの袈裟で
行基菩薩が彫られた十一面観音様のお顔を覆ったところ
落馬する者がなくなったといいます。
本堂正面には、
源頼朝公寄進の前立本尊十一面観音様が安置されています。
アクセス
編集前
・JR横須賀線「鎌倉駅」から金沢街道沿いに徒歩25分
/・JR横須賀線「鎌倉駅」東口から、京急バス 5番乗り場「杉本観音」下車して徒歩1分。
編集後
・JR横須賀線「鎌倉駅」から金沢街道沿いに徒歩25分
/・JR横須賀線「鎌倉駅」東口から、京急バス 5番乗り場「杉本観音」下車して徒歩1分。
院号
編集後
観音院
巡礼
編集前
坂東三十三観音霊場 _ 第1番札所 十一面観音
鎌倉三十三観音霊場 _ 第1番 十一面観音
鎌倉二十四地蔵尊 _ 第四番 尼将軍地蔵尊
鎌倉二十四地蔵尊 _ 第六番 身代地蔵尊 
編集後
坂東三十三観音霊場 _ 第1番札所 十一面観音
鎌倉三十三観音霊場 _ 第1番 十一面観音
鎌倉二十四地蔵尊 _ 第四番 尼将軍地蔵尊
鎌倉二十四地蔵尊 _ 第六番 身代地蔵尊 
文化財
編集前
< 国指定重要文化財 >
木造十一面観音立像(像高166.7センチ)
木造十一面観音立像(像高142センチ)
.
< 神奈川県指定文化財 >
本堂
編集後
< 国指定重要文化財 >
木造十一面観音立像(像高166.7センチ)
木造十一面観音立像(像高142センチ)
.
< 神奈川県指定文化財 >
本堂
御朱印の説明
編集前
真ん中に梵字と十一面大悲殿、右下にかまくら、左下に杉本寺と書かれ、右上に坂東第一番の印、真ん中に梵字の印、左下に社印が押されています。
鎌倉観音第一番の印が押された御朱印、杉本寺の御詠歌が書かれた御朱印、身代わり地蔵尊の御朱印、尼将軍地蔵尊の御朱印もいただけます。
編集後
真ん中に梵字と十一面大悲殿、右下にかまくら、左下に杉本寺と書かれ、右上に坂東第一番の印、真ん中に梵字の印、左下に社印が押されています。
鎌倉観音第一番の印が押された御朱印、杉本寺の御詠歌が書かれた御朱印、身代わり地蔵尊の御朱印、尼将軍地蔵尊の御朱印もいただけます。