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2023年03月26日(日) 23時02分 by飛熊z
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熊鷹大神 日本書紀にある 神功皇后に 征伐された 甘木朝倉の豪族 『羽白熊鷲』 だと思われます。 それは、 神功皇后が 羽白熊鷹を退治した所の 福岡県筑穂町の 老松神社の 宮司さんによると、鷲 ではなくて 羽白熊鷹 と 伝わっていると、仰ってますから、同一人物 だと 思われます。 世に憚って、鷲を鷹と言い換えたのかもしれません。 では、神功皇后に 征伐された 羽白熊鷹が なぜ神様か? ということですが、そこが 藤原氏の天下が 1000年以上、今でも 続いている構造で、夷は 夷の社会を 容認して、公家とは 違う社会 を ずっと造らせて きたのです。 (公家・藤原は 比叡に代表される 寺です。) そして 羽白熊鷲や、アテルイを倒した後 神にして、順わない民を、あの手この手で 懐柔したのです。 ではなぜ 「稲荷」 にあるのか? というと、「稲荷」 は 「夷也」 で、先住民というか 原住民というか、朝廷(藤原朝)から 見た場合、従順な 夷の民 (=祠庫信仰者達)の 神様 なのですね。 そして 羽白熊鷹 は、朝廷(藤原)から見た場合の 「夷」 なのですね。 ですから、羽白熊鷹を稲荷に奉ったのです。 https://utukusinom.exblog.jp/10199375/