いかづちじんじゃ
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楽しみ方雷神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年09月22日(水) 06時43分26秒
参拝:2021年8月吉日
平安時代の承平元年(931年)に創建された。御祭神は火雷命(ほのいかづちのみこと)。降雨を祈る雨請い(河伯の儀)が起源と考えられている。
以前は築島(追浜町3丁目)に社殿があったが、朝倉能登守が天正9年(1581年)に現在の場所に移した。
鷹取山の峰から突然ものすごい稲妻と雷鳴が響き、12人の乙女たちがおこもりを続ける築島に落雷。雷はかたわらの柏槙(ビャクシン)の木に落ち、木は黒焦げになったが、乙女たちはかすり傷一つなかった、という。
これが遷座の由緒で、築島には御神木として今も柏槙の木が立っている。
現在の鉄筋コンクリート製の社殿は、昭和30年(1955年)に焼け落ちた木造の社殿を昭和35年(1960年)に建てられたもの。
他に、境内には戦没者の慰霊碑や浜空神社がある。浜空神社の前身は、追浜海軍航空隊の守護神であった鳥船神社で、平成20年(2008年)に当社境内に遷座した。
また、樹齢400年を超えると言われている御神木の銀杏がある。垂れ下がる「乳頭」が安産や子育ての信仰の対象となっている。
以前は築島(追浜町3丁目)に社殿があったが、朝倉能登守が天正9年(1581年)に現在の場所に移した。
鷹取山の峰から突然ものすごい稲妻と雷鳴が響き、12人の乙女たちがおこもりを続ける築島に落雷。雷はかたわらの柏槙(ビャクシン)の木に落ち、木は黒焦げになったが、乙女たちはかすり傷一つなかった、という。
これが遷座の由緒で、築島には御神木として今も柏槙の木が立っている。
現在の鉄筋コンクリート製の社殿は、昭和30年(1955年)に焼け落ちた木造の社殿を昭和35年(1960年)に建てられたもの。
他に、境内には戦没者の慰霊碑や浜空神社がある。浜空神社の前身は、追浜海軍航空隊の守護神であった鳥船神社で、平成20年(2008年)に当社境内に遷座した。
また、樹齢400年を超えると言われている御神木の銀杏がある。垂れ下がる「乳頭」が安産や子育ての信仰の対象となっている。
すてき
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のぶさん1661投稿
初めての御朱印は平成30年12月 奈良県の東大寺。 妻の一周忌が終わり、妻の供養も兼ねて以前から興味のあった御朱印を始めました。 ひとり旅しながら妻の冥福を祈り続けようと思っています。ホトカミ...もっと読む
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